研究概要 |
本研究は,われわれが世界で初めての新しい疾患「ヒトヘムオキシゲナーゼ1(HO-1)欠損症」を発見したことに端を発する.患児は2歳頃から,全身性慢性炎症,溶血性貧血を認め,さらに凝固,線溶系の異常亢進,高血圧も認め,6歳で頭蓋内出血で死亡した.本症の原因はヘモグロビンからビリベルディンへの代謝をつかさどるHO-1酵素蛋白の遺伝的欠損症であることが、遺伝子解析からも証明された.本症例のこれまでの病態解析から,本酵素は特に血液単球,腎尿細管,血管内皮の機能発現と維持などの多様な生理学的意義を有することが示唆された。 (1)患児および両親のHO-1遺伝子解析から,母親アリルにエクソン2の欠損,父親アリルではエクソン3に2塩基欠損があることがわかり,患児はその複合ヘテロ接合体であることが知れた。さらに母親の染色体遺伝子を検索したところ,エクソン2を含む1,730bpにおよぶ大きな欠損が証明された。さらに,エクソン2はAluくり返し配列にはさまれる構造であることが知れ,本例のエクソン2欠損はAluくり返し配列の相同的組み換えによる配列欠失の可能性が示唆された。 (2)HO-1欠損症例では単球に形態および機能異常がみられた。本研究では種々の細菌性,ウイルス感染症,および血管性病変(川崎病など)における血液細胞のHO-1発現状態を比較検討し、特に単球のHO-1発現と種々の感染症病態との関係を明らかにした。HO-1遺伝子プロモーター領域のGTレピート多型には有意差を認めなかった。 (3)HO-1欠損症例では尿細管のダメージが経過とともに増悪した。そこで本研究では各種腎疾患におけるHO-1発現を免疫組織染色法、in situ hybridization法で検討した。さらにメサンギウム細胞株と比較すると、ヒト近位尿細管上皮細胞株でHO-1発現がより強く,ストレス感受性が高いことが知れた。 (4)細胞株ECV304にHO-1遺伝子を導入した。低〜中等度HO-1蛋白発現株では,ヘミンや過酸化水素などのストレスを負荷すると細胞障害の抑制が認められたが、高度HO-1蛋白発現株では、逆に細胞障害の増強がみられた。このことは、HO-1蛋白発現量が多すぎても、決して防御的には働かず、かえって血管障害を増強する可能性を示唆した。将来の遺伝子治療において、HO-1遺伝子発現を恒常的ではなく、生理的なストレス誘導性とする必要があることを示唆した。
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