研究概要 |
複合糖質を構成する糖鎖は,細胞間のコミュニケーションを媒介する"言語"として,発生・分化・免疫など,生命現象の様々な局面で重要な役割を演じている。特に,免疫系において自己・非自己の識別に関わるタンパク質の大部分は糖鎖を結合しており,糖鎖を取り除くと本来の機能が損なわれてしまう場合が多い。また,抗体をはじめとする免疫系糖タンパク質のグライコフォーム変化が,機能の低下や病態と具体的にどのような仕組みで結びついているのかという点についてはほとんど知見が得られていない。本研究では,免疫系において分子認識にかかわる複合糖質の立体構造とダイナミクスを原子レベルの分解能で明らかにすることにより,糖鎖の担う生命情報を読み解き,その機能発現メカニズムを明らかにした。具体的な成果は以下の通りである。 (1)カルレティキュリン、VIP-36、Fbs1など、糖タンパク質細胞内運命の決定にかかわるレクチンの分子認識機構をNMRを利用して明らかにした。 (2)NMRを用いて免疫グロブリンG (IgG)の機能部位の構築とリウマチ因子Z34との相互作用に果たす糖鎖の役割を明らかにした。またIgGと結合するFcgレセプターIIIの糖鎖プロファイルを明らかにした。 (3)自己・非自己における糖鎖の役割を理解するために非古典的MHC分子であるCD1の立体構造構築における糖鎖が役割を明らかにした。 (4)多次元HPLCマップ法により、ウェゲナー肉芽腫症、クリオグロブリン血症をはじめとする様々な病態における血清IgGの糖鎖プロファイルを明らかにした。このような糖タンパク質の構造生物学を指向した体系的アプローチは国際的にも類例がなく,本研究で得られた成果は、従来の構造ゲノム科学ではカバーしきれない領域に着実な一歩を踏み込むものとなった。本研究の成果は,糖鎖不全がもたらす免疫疾患の発症メカニズムの解明を通じてこれらの疾患の治療法の開発を促すとともに,免疫系における糖鎖認識システムを標的とする新規な薬物の合理的設計を促す構造情報を提供することが期待される。
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