研究概要 |
ヒトの二足歩行運動は,ヒトの筋骨格系を脳神経系による制御と床反力を介した外界との相互作用により,動的安定性を確保している.このとき脳神経系がどのような方略で動的安定性を維持しているかを2つの視点から検討した.1つ目は,定常歩行中の被験者に転倒を引き起こすようなインパルス状外乱を加え,それに対する運動応答,特に歩行リズムの変調(位相リセット)が転倒を回避するのにどのような役割を果たしているかを,歩行の非線形力学系モデルのダイナミクスと実験結果の比較から明らかにした.特に,実験的に計測された外乱のタイミング依存的な応答は,非線形力学系のダイナミクスの意味でも動的に安定な歩行状態を維持する目的にとって最適化されたものである可能性を示唆した.もう1つは,パーキンソン病患者を被験者とした自転車漕ぎ実験における左右脚のペダリングリズムと運動パターンを生成する神経回路の数理モデルのダイナミクスの比較研究である.ここでは左右のペダルが独立に回転する特殊な自転車を用いているが,健常被験者は通常の自転車と同様な左右逆相の周期的ペダリングを行う.しかし協調運動に失調が現れるパーキンソン病患者では,左右のペダリングパターンが逆相からズレて非定常で不規則になる.この現象を上位中枢からトニックな入力を受ける相互抑制型非線形結合2振動子モデルで再現し,上位中枢からの入力の大きさや2つの振動子への入力の大きさの非対称性に依存して,健常者では動的に安定な逆相振動が不安定化して発生しうることを示した.以上の結果は,ヒトの歩行運動の動的安定性を維持するためには,脳が身体および脊髄神経系が示す自律的ダイナミクスを考慮した高度な制御を行わなければならいことを示唆している.
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