研究概要 |
脳機能の賦活をねらいとした運動を処方する際,どのような運動強度が適切であるかは明らかにされておらず,運動強度と脳機能の関係に基づいた運動強度の新たな評価法の確立が必要である.本研究では,脳機能賦活のための運動処方の開発を目指し,運動強度と脳(特に海馬と視床下部)神経活動との関係を,走運動時の脳内乳酸と神経伝達物質の動態から明らかにすることを目的とした.まず,ラットに漸増負荷走運動を行わせた際の血中乳酸値を測定し,乳酸性作業閾値(Lactate Threshold, LT)を基準とした走運動実験モデルを作成した.尚,本走運動実験モデルのラットのLTはおよそ15m/minであった.つづいて,On-lineマイクロダイアリシス法による走運動時の脳内乳酸モニタリング法(Takitaら,1992)を確立し,異なる強度で走らせた際の海馬内乳酸動態を測定した.漸増負荷走行テスト(5〜25m/min)において,海馬内乳酸値は走運動開始と同時に増加し,走運動中は強度依存的に増加した.LT強度以下の固定負荷走行テスト(10m/min)では,走運動開始により増加した海馬内乳酸値は,走運動中は定常値を示した.Na^+チャネル阻害薬であるTTX((tetrodotoxin,15μM),グルタミン酸取り込み阻害薬であるPDC(pirrolidine-2-4-dicarboxylate,1mM)の投与は,固定負荷走行テストにおける海馬内乳酸値の増加を抑制した.視床下部も海馬と同様に,走運動開始と同時に乳酸値は増加し,LT強度を越えると急激に増加することが示唆された.本研究により,記憶・学習の座である海馬の神経活動はLT強度以下の低強度走運動時にも活性化することが明らかとなり,軽運動であっても脳機脳賦活のための運動として有効である可能性が示唆された.
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