研究概要 |
ベンゾ[a]ピレン(BaP)をはじめとする多環芳香族炭化水素類(PAH)の内分泌撹乱作用は,抗エストロゲン作用などの一部の作用のみが報告されるにとどまっていることから,PAH及び類縁化合物の内泌撹乱作用を評価した。BaPを含むいくつかのPAHに抗エストロゲンあるいは抗アンドロゲン作用が観察され,その作用はアリル炭化水素受容体を介して発現することが推定された。また,BaPの代謝物として知られるBaPモノヒドロキシ体(OHBaPs)がエストロゲン様/抗エストロゲン活性を示したが,ジオール体及びキノン体は活性を示さなかった。このことから,フェノール性水酸基の存在が活性発現に必須であるだけでなく,水酸基の位置も重要な要因であることが明らかとなり,BaPが生体内で代謝されることで新たな内分泌撹乱作用を獲得することが示唆された。 次に,BaPをはじめとするPAHの内分泌撹乱作用のヒトに対するリスク評価を行うにあたり,PAH曝露量を評価するための2つの手法を検討した。まず地域別の大気粉じん中PAH濃度を測定し,呼吸を介したPAH曝露の推定を試みた。その結果,PAH曝露量は都市域で高く,さらに地域のエネルギー事情を強く反映することが分かった。しかしながら,個人のPAH曝露量はPAHの摂取源の一つである喫煙などの生活習慣によっても異なってくることから,尿中代謝物量を指標とするPAH曝露量の推定を試みた。まず,BaPをシトクロムP450によりin vitroで代謝させたときに生成するBaP代謝物としての1-OH,3-OH,及び9-OHBaPを同定した。さらに尿中OHBaPs、及びPAH曝露の指標としての1-ヒドロキシピレン(1-OHP)と2-ヒドロキシフルオレン(2-OHF)についてのHPLC-蛍光検出法による分析法を開発し,ヒトの尿中代謝物を測定した結果,OHBaPsの異性体の中でエストロゲン様活性を有する3-OHBaPを検出した。また1-OHP及び2-OHFについては,PAH摂取源の一つである喫煙の影響を検討したところ,喫煙者でそれらの尿中濃度が有意に高く,PAHの曝露指標になることが分かった。以上の結果から、内分泌撹乱作用を有するPAH代謝物が生体内で生成することを確認するとともに,尿中PAH代謝物量が個人のPAH曝露量を反映した,優れた指標となることが明らかとなった。
|