研究概要 |
イソップ風動物寓話には東西を問わず多くの挿絵が施されてきている。その理由は何かを,「挿絵付与」と「仮面という語をキーに研究を行った。研究に当たって,まず「人間」を描き出す挿絵に注目した。19世紀版ラ・フォンテーヌ『寓話詩』,『万治版伊曽保物語』,中国の『伊索寓言』等の中には,動物の代わりに人間が描かれている挿絵がある。横の関連なく東西挿絵に共通に表れ出たこの類似点は,動物寓話の本質を隠しているものと考えなければならない。次に,しばしば動物寓話が,動物の仮面を被って展開される<仮面劇>と言われてきている点に着目した。仮面は素顔を封印する。しかし仮面はただ隠すのではない。仮面はそれが仮面と意識されるまさにそのときに,仮面として立ち表われて来る。このことを考慮に入れるならば動物でなく人間を直接描き出す挿絵は,裏側によって支えられているという寓話の修辞的本性を炙り出していると考えられる。それゆえジロドゥー,テーヌ,アンヌ=マリ・バシィ,クートン,ガイヤール等の修辞的論述を参照しながら,16世紀から19世紀の挿絵の具体例を仮面劇と見て分析した。こうした作業を通して,動物寓話を演劇的修辞の実践とみなすという一定の結論を引き出した。すなわち,見る者をしてそこに仮面があることを積極的に見せる動物寓話の挿絵の意味は,演劇,特に取り違えを操る<喜劇>の手法であり,このことを明解に提示するために人間を登場させる挿絵が採用された。動物寓話の登場人物は,動物の役柄を演じる人間であることを透かし見せ,用意された被りものをどこかで読み手にちらつかせる。この演劇的設定の明示を挿絵が可能にくれているのであり,そしてこのことが洋の東西を問わず,動物寓話に挿絵を施し続けてきた理由の大きな一つとなっている。
|