古代ギリシア陶器画は、同時代の宗教、習慣、風俗などの社会的背景を解明するための貴重な史料としての面をもっている。本研究では、アテナイに直接民主政が成立する前508年の前後の期間(前530年から前450年頃)に制作されたアテナイ陶器画を対象として調査を行った。平成11年12月と平成12年8月の二度にわたりヨーロッパに調査旅行を実施し、オーストリア、ドイツ、イタリアの美術館を訪問して作品の記録と調査を行うことができた。 これまでの研究成果にこれらの海外調査の成果を合わせて、「研究発表」の項目に挙げる二つの論文を上梓した。中でも主要な成果は、オーストリアのフェルテン、ヒラー両教授に捧げられた記念論文集に独文で発表した論文である。内容は、民主政成立期のアテナイ陶器画における「他者」表現について論じたものである。すなわち、古代ギリシア人にとっての代表的な異民族であるスキュタイ民族の図像を取り上げ、「臆病」を暗示するモチーフについて記述したものである。図像の分析と解釈によって、古代アテナイ市民が異民族を「臆病」であると捉え、こうした異民族観を通じて、自国民の規範となるイメージを形成してきたことを明らかにした。自制心に富み、死を恐れずに国家の利益のために戦う、男性市民の理想としての戦士像が芸術表現を通じて成立したこと、そのことが民主主義体制樹立に大きな影響を与えたことを論じたものである。もう一つの論文では、ギリシア市民の「内なる他者」のイメージとして神話上の英雄アレクサンドロス・パリスを取り上げ、共同体と個人の問題を検証した。
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