研究概要 |
我々は3次元空間(外部環境)の中に生存し,視覚系を通してその外部環境の刺激を取り込み,視空間に関する内部表現を形成している。我々が行う行為はこの環境内で生起しているため,視知覚と行為との対応に関する多くの研究が行われてきた。Agliotiら(1995)は,Ebbinghause錯視図形に対する視知覚と運動反応とを比較した。Ebbinghause錯視とは,主円の大きさが物理的に同じ大きさであっても,周囲をそれよりも大きな円あるいは小さな円で取り囲むことにより,主円の大きさが異なる大きさに見える,大きさの対比の錯覚である。実験の結果,視知覚は錯視に騙されるが,把持運動での最大の手の開きの大きさは錯視の影響を受けない。知覚-運動の解離を示した。しかしながら,その後の実験は必ずしもこの知見と合致するものではない。本実験では,錯視量が最大となるMuller-Lyer錯視図形を用いてこの問題を検討した。実験1では,被験者は把持運動のうち移動成分に関連する指差し課題を行った。刺激提示終了から運動開始までに遅延がない条件と5secの遅延を導入する条件とを設けた。分析の結果,長さに関する強い錯覚が生じるにもかかわらず,Muller-Lver図形への指差しは,遅延なし条件では正確であり,5sec遅延条件では錯視の影響を受けた。実験2では,握り成分に関連する手の開き課題を行った。被験者はMuller-Lyer錯視図形のシャフトの長さを手を開くことで再現した。その結果,手の開き幅は錯視の影響を強く受けるが,遅延あるなしで差はなかった。これらの結果は,運動系はリアルタイムかつ自己中心的準拠枠で作動しているが,位置と長さは独立して表現されることを示唆しているものと考えられる。
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