研究概要 |
一般に,聴覚情報は1次音源の位置で音源操作の時間順序として与えられ,"事象"という形をとる.このため,聴覚にとって時間情報は重要な役割を演じており,また,聴覚自身も時間情報の変化に対して非常に鋭敏な反応を示す.たとえば,ジッタなどの時間方向への揺れが含まれる信号が聴覚に与えられた場合,聴覚はその揺れを音質の変化として知覚することが知られている.また,ジッタが大きくなれば音質のみではなく音そのものの揺れの感覚が出てくることも事実である.ところが,時間方向への揺れが含まれる信号について,その知覚特性とか聴覚機構についての定量的な知見は未だにわずかである.時間情報の変化に対する知覚,またこれに関する聴覚機構についての研究の必要性は,上に示した聴覚情報の性質上,従来から認識されていた.しかし,これらの研究が,今までのような定常音を扱ってきた枠組みで研究できる範囲から大きく離れたものとなっていたため,今まで多くは行なわれてこなかったのである. 本研究の究極の目的は,波形に含まれる時間情報の変化,特にミクロからマクロまでの揺れに対する人間の聴覚特性を調べ,聴覚系の生理学的機能との対応関係を得る,また,得られた知見をもとに人間工学的な応用をはかることにある.そこで,本研究では,これらの目的への第一歩として,時間情報の変化が人間に与える影響について,以下の項目について研究を行った.(1)歌声に含まれる時間情報変動に起因する声質の変化.(2)両耳間時間差による音源方向知覚:ゆれを含む聴神経発火パターンからいかにして正確な時間差を検出しているか 結果として,(1)については,F0動的変動成分であるオーバーシュート・アンダーシュート,ヴィブラート,予備的変動成分が歌声知覚に大きな影響を与えていること,および,ゆれは「歌声らしさ」の印象に最も関係する基本的心理量であり,ゆれの知覚に関連する物理量はF0の変動とこれと同位相で変化するスペクトルのAM, FM変調であること,が明らかとなった.また,(2)については,聴覚系は,神経インパルスのjitterや休止による影響を多重な入力機構によって緩和したり(整形),逆にjitterを積極的に利用して一見ぼやけた情報群の中から本当に必要な情報を抽出する(利用)という,生体信号が元来持っている時間的なゆらぎや冗長性を前提とした巧みな時間情報処理のメカニズムを構築している,ことがシミュレーションから示された.
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