研究概要 |
1.外科矯正治療を開始した下顎前突症患者と顔貌に著しい不正のない一般学生を対象に,顔に対する自己評価を心理社会的問題,自己受容性およびパーソナリティとの関連から検討した。その結果,1)患者は一般学生に比べて顔に強い不満を持ち,特に女性患者では下顎と顔の大きさに不満を持つことが示された。 2)患者の顔に対する不満はX線規格写真計測値による下顎前突の程度に依存しないことが示された。 3)自己意識を自己受容性の観点から検討したところ,患者は身体・容姿の側面において自己を肯定することが困難であった。 4)顔の表象の仕方には,自己否定的態度や不満な部分へのこだわりへと収斂していく様式と,自己客観視のもとにとらえようとする様式があることが示された。患者では前者の表象様式が優勢であり,このことが社会生活上のハンディキャップや顔に対する心理的とらわれという心理社会的問題の基盤となり,社会的不適応傾向をもたらすと考えられた。 2.ロールシャッハ・テストでは,特殊部分反応の出現率が標準より高かった。曖昧な問題に直面したとき,患者はまず目にとまった具体的な部分に着目し,自己の枠組みに基づいて刺激を意味づけ,概念を構成しようとする傾向があると考えられた。また細部に拘泥し,そこに確からしさを求めることによって不安定感を克服しようとする傾向があることも示された。 3.手術後1年目における顔貌評価を検討したところ,術前の不満の強さは術後の満足度を予測する指標ではないことが示された。なお顔貌の形態的変化と主観的な体験の変化は同期しておらず,手術直後の心理的動揺の程度,変化に対する周囲他者からの反応やその受け止め方などの諸要因が関与していることが示唆された。また外科矯正手術の心理的効果は「あたりまえ」の顔を得ることによって様々な心理社会的問題を「特に意識しなくてすむ」状態をもたらすことにあると考えられた。
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