フィンランドは特にスウェーデン、ロシアと歴史的関係を持つが、独立した近代国家として確立するために、その歴史的過去を修正、忘却して固有と考えられる歴史を創出する必要があった。現在ロシア領のカレリアとは人・文物の交流が多く、サンクトペテルブルクとヘルシンキを結ぶヴィープリのような多言語都市も発達していたが、都市的なものではなく、民俗的なものに固有の過去が探究された。レンロットによる1835年と1849年の叙事詩『カレワラ』の出版は、その元となる詩歌群が収集されたヴィエナ・カレリアに、フィンランド文化揺籃の地という特別の価値を与えた。本研究は、ソ連崩壊で国境封鎖が解け盛んになったヴィエナ・カレリアへの文化観光の意味、矛盾、問題点などを探るものである。 追加採用だったため、平成13年度は夏休みの海外調査はできず、文献資料の読み直し・収集、設備備品購入などを行った。平成14年度は7月と8月の2度、文化観光客としてヴィエナ・カレリアを訪れた。7月は、ワールド・モニュメント・ウオッチ(WMW)で「世界で最も危機に瀕した百のサイト」に選ばれた「秘境」、パーナヤルヴィに行った。パーナヤルヴィでは、フィンランドのメディアでしばしばとりあげられ、「スター」的存在になったPさん宅に滞在し、PさんとKさんにインタビューした。また、文化観光の参加者の他、文化観光を組織しているユミンケコ文化センター長のニエミネン氏、ジャーナリストのミュッリュカンガス氏、ヘルシンキ大学のスターク博士、フィンランド文学協会のラークソネン氏などにインタビューした。8月はカレワラ協会の役員、メンバーらとヴェネフヤルヴィなどに滞在し、カレリア復興プロジェクトの現状などを見た。歴史と文化の所有権の問題、消滅・破壊・保存という近代的思想の問題、多くのエスニシティが混在する中で「カレリア人」だけを特権化する文化観光の問題、経済的援助にかかわる問題などについて多くの知見を得た。また、8月はフィンランド文学協会のアーカイブで新たな資料を得ることができた。
|