研究概要 |
本研究の目的は,意思決定者の「狭い選好」の仮定を緩めた意思決定モデルを,組織の経済学の基礎理論である契約理論に適用することによって,組織の経済学と組織論との間の補完性を促進する分析枠組みを探ることにある.その出発点として,本研究では経済分析で標準的な完全利己主義の仮定を修正する最近の試みに注目した.多数の経済実験において完全利己主義からのシステマティックな乖離が観察され,完全利己主義の仮定の修正が必要なことに疑いの余地がない段階にきている.そして,他者の利益に対しても選好を持つ意思決定者をモデル化することによって,多くの実験結果が説明できることが知られている.本研究では,そのようなモデルを標準的なプリンシパル・エージェント関係の枠組みに取り入れる試みを行った.具体的には,エージェントが自分の利得のみならず,自分の利得とプリンシパルの利得とを比較して,その大小関係によって利他的になったり羨望を持ったりする効用関数を導入し,そのような相手に対する選好が,契約設計にどのような効果をもたらすかを分析した.とりわけ,エージェントがプリンシパルの利得に関心を持つことは,一般にプリンシパルにとって望ましいことではないことが示された.さらに分析を複数エージェントに拡張し,エージェント間で互いに相手の利得との相対的な関係を気にする状況を考察する.この場合には,最適契約はチーム型か相対業績型になることが示され,それぞれの契約が最適となる条件が導出された.とりわけ各エージェントの選好が地位追求の特徴を持つときには,チーム型は望ましくなく,相対業績型が選ばれる.またエージェント間の行動が互いに観察可能なときにはチーム型が望ましくなる可能性が高いことが示された.以上の分析は出発点に過ぎないが,多くの組織の重要な特徴が,個々の参加者の選好を意図的に変えようとすることにあるという指摘は,社会学等のアプローチに基づく伝統的組織論のみならず,Milgrom and Robertsに代表される組織の経済分析の論者によってもなされている.このような組織の特徴を分析するためには,本研究のアプローチはきわめて有効であり,今後の発展の基礎となる研究成果が得られたといえよう.
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