研究概要 |
脊椎動物の嗅覚における匂いによる抑制性応答がどのようなメカニズムで起こるのかを明らかにする目的で,パッチクランプ法を用い,単離したイモリ嗅細胞から匂い刺激に対する電気的応答を記録して解析し,以下の結果を得た。 1.パルス状の匂い刺激を与えると興奮性の応答電流が観察されるが,応答から回復する前に2つ目の匂い刺激を与えると,それに応じた電流の減少が観察された。これは,匂い刺激が興奮性の応答を引き起こすと同時に,嗅細胞レベルで応答電流の抑制をも引き起こすことを示す。 2.PDE(phospodiesterase)の阻害剤であるIBMXを投与すると,細胞内のcAMP濃度が上昇して興奮性の電流が発生するが,匂い刺激はIBMXに誘起された電流を抑制した。マクロ・パッチの状態では,ホールセル確立後に時間が経過すると,細胞内cAMP, GTPなどが電極側に流出し,電流は完全に消失するが,この時に匂い刺激を与えても電流の変化は観察されなかった。すなわち,抑制性応答は膜電流が生じている時にのみ観察され,膜電流がない状態では全く観察されなかった。この結果は,抑制性の応答は,抑制性の電流を生じることによってではなく,興奮性の電流を抑制することによって生じることを示唆する。 3.抑制性応答時の電位と電流の関係(I-V relation)を調べた結果,反転電位が0mV付近にあるI-Vカーブが得られたが,これは興奮性のコンダクタンスのI-Vカーブと同様であった。これは,抑制性応答と興奮性応答が同じコンダクタンスで起こることを示唆する。コンダクタンスの値を比較すると,抑制性応答時には減少することが明らかになった。このことから,抑制性応答は,興奮性電流を抑制することによって起こることが明らかになった。 4.匂い物質による抑制が濃度依存的に生じることが明らかになった。得られた濃度-応答曲線はHillの式,y=E_<max>[x^n/(x^n+IC_<50>^n)](E_<max>は最大抑制のパーセンテージ,IC_<50>は50%の抑制を引き起こす濃度,nはHill係数),にフィットし,Hill係数はおよそ1.6であった。 5.これまでの研究から,匂い物質は嗅細胞に興奮性応答を引き起こすと同時に,抑制性応答を生じさせることが明らかになった。それらの抑制の度合いはさまざまな匂い物質の組み合わせによって異なる。たとえばisoamyl acetateにanisoleを加えると,応答の大きさが75%減少するが,benzeneにanisoleを加えるとおよそ75%増加する。このような相互抑制が匂い識別に大きく貢献しているものと考えられる。さらに,心理物理学で古くから知られているマスキング効果は,嗅細胞のレベルで起こっている相互抑制に起因していると思われる。
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