研究概要 |
本研究では.境界要素法を人体周囲の音場解析に適用することにより,頭部伝達関数を推定した.その際に必要となる人体形状の計測に光学式の3次元スキャナを用いた.人体形状の計測はおよそ1時間弱で完了し,全周方向の頭部伝達関数を測定するのに必要な時間(研究代表者のグループでの測定では約6時間)よりもはるかに少なくて済む.さらに,無響室のような特殊な空間を必要なく,スビーカを被験者周囲の任意の位置に移動する装置なども不要である.本研究で構築したシステムでは可搬性が高いことから,任意の場所で計測が行える.構築したシステムで人体頭部を測定したときの精度を評価した結果,最大で6mm程度,平均で2mm程度の精度で測定可能なことが確認された. さらに,測定された頭部形状から,境界要素法を用いて個人ごとの頭部伝達関数を推定し,実測結果と比較を行った.その結果,頭部伝達関数の大局的な形状が推定できることが示された.特に,頭部伝達関数の周披数特性がもつピークの位置は実測結果とほぼ一致しており,周波数特性のもつ最も大きな特徴を推定できることが明らかとなった.その一方で,周波数特性の細部については実測結果と必ずしも一致しておらず,今後十分に検討を行う必要がある. 推定結果と実測結果との間に差が生じており,その検討に時聞を要した.本報告書の提出が約1年遅れたが,この差は実測と推定との条件の差にあることが明らかになった.具体的には,主に頭部形状だけを用いて推定を行っているのに対して,実測時には胴体の影響を取り除くことは難しいことが挙げられる.また,人体表面の音響特性を推定時にどのように数値化するかについてもまだ未解決である. モデル化に関しては,本研究では共通極・留数モデルによる頭部伝達関数の補間手法を考案し,その有効性を示すことができた.このモデルは,頭部伝達関数がもつ極と零点のうち,極は方向によって変化せず共通とみなし,留数展開を用いて,零点を留数に変換して頭部伝達関数を表す方法である.これにより,モデル化精度をほぼ同等に保ったままで,より少ないパラメータで頭部伝達関数を表現できることが示された. 以上の研究の結果は,頭部伝達関数の合成を音響情報通信に適用する際に間題となる個人性や方向依存性について,解決のための基礎的知見を与えるものと評価している.しかし,推定精度の向上やより効率的なモデル化手法の検討については必ずしも十分な検討が行われたとはいえない.これらの点について,今後も引き続き研究を継続する必要があると考えている.
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