研究概要 |
本研究では、これまで理論化学が積極的に応用されていなかった生物や機能性材料におけるMCDスペクトルの理論研究に新しい可能性を切り拓くことを目的とした。主に次のテーマについて研究を行った。 (1)芳香族化合物(ベンゾキノンやアザベンゼン誘導体)への応用 芳香族化合物のMCDスペクトルの研究を行なう第一段階として、分子の励起状態を精密に計算する基礎的研究を実施した。チオフェンおよびピリジンの励起状態について研究を行ない、実験スペクトルを定量的に再現するとともに、幾つかの新たな帰属を行なった。 (2)有限摂動法に基づくMCD理論の開発 MCDで観測される値は、これまで理論的にはsum-over-stateの方法に基づいて定式化されていた。有限摂動法による定式化を行ない、計算する方法を開発した。相対論的ハミルトニアンを用いて、GUHF-SECI (generalized unrestricted Hartree-Fock-singly excited configuration interaction)波動関数で展開することによってMCDのA値およびB値を計算した。 (3)MCDにおける相対論的効果 上記(2)の方法をCH_3X(X=F, Cl, Br, I)分子に応用し、MCDスペクトルにおける相対論的効果を評価した。その結果、CH_3Iでは相対論的効果が極めて大きく、相対論を考慮して初めて符号が再現できる場合があることがわかった。 (4)ポリシラン化合物のσ共役に起因する特異的な励起スペクトル ポリシラン化合物は、C-C結合と全く異なるσ共役を持つことから特異的な光学活性を示す。SAC-CI法を用いてカルボテトラシランのコンフォメーションに由来する特異的な励起スペクトルを定量的に再現することに成功し、新たな知見を得た。 (5)励起状態の構造およびダイナミクス SAC/SAC-CIの解析的エネルギー微分法を用いて、分子の励起状態やイオン化状態のダイナミクスを研究する安定な方法を開発し、幾つかの分子系に応用した。精密なイオン化スペクトルの理論研究を展開した。
|