研究概要 |
マイクロウェーブを応用した測定システムは,本質的に,対象とする物質の物理的特性(印加された電場に対する物質の分極の時間応答遅れによる誘電率の周波数依存性,誘電緩和現象)を利用する。この物理的特性の測定法は,時間領域あるいは周波数領域における方法に2分される。時間領域の解析法にTDR(Time Domain reflectometry)法がある。TDR法では,非破壊的な計測ができないこと,測定対象に直流電圧を印加する方法のため,金属電極表面に電気化学プロセスによるイオン伝導や電気分解が生じる試料の場合は測定が難しいとされる。植物の生体組織が電解質を含んでいることから測定には向いていないと考えられ,研究代表者らは採用していない。周波数領域の解析法(研究代表者らが採用している手法)では,このような問題はなく正確な測定が可能である。周波数領域の測定手法は8種類あり,植物体を非破壊的に測定できる手法は,一対のホーンアンテナを使用し,アンテナ間のマイクロウェーブの伝播を測定するFree Space法と同軸ケーブルの一端を測定対象に接触させ,マイクロウェーブ信号を送り,端面からの反射信号を測定し信号処理するOpen-ended Coaxial Probeによる方法の2種類のみである。研究代表者らは,これまでの研究で,Free Space法により,トマトの水ストレス状態を非破壊的に検出することが可能であることを示した。しかし,この手法では,ストレス進行に伴う植物体全体の姿勢や,水分状態,化学的な組成の変化など,すべての要因が渾然一体として検出され,その検出メカニズムを科学的に解明ができなかった。そこで,研究代表者らは,植物体の局部的な誘電特性を,非破壊的に測定可能なOpen-ended Coaxial Probeを利用する方法を用いた測定実験を行った。Open-ended Coaxial Probeを用いて水ストレス状態に置かれたトマトの葉の誘電特性を測定したところ,時間経過に伴って,誘電率及び誘電損失が大きく増加する現象が観察された。水ストレスを受けた結果,少なくとも水分含有量の増加がありえないにもかかわらず,誘電率と誘電損失が同時に増加するという誘電率と水分含有量の関係と大きく矛盾した現象が観察された。この現象は,トマトが水ストレスを受けることによって浸透適応物質であるアミノ酸類(誘電率を増加させる)の代謝産物の生成と塩イオン(誘電率を減少させ,誘電損失を増加させる)の放出の影響を検出していることが考えられる。また,水ポテンシャルと複素誘電率の間には強い相関関係が存在し,植物の誘電特性を測定することにより,水ポテンシャルを推定することの可能性,すなわち水ストレス状態を非破壊的にかつ短時間で正確に推定できる可能性が示されたといえる.
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