研究概要 |
細菌逆転写酵素は,msDNA (multicopy single-stranded DNA)と呼ばれるRNA-DNA複合体の合成に必須の酵素である。msDNA合成に必要な染色体領域は,逆転写酵素遺伝子(ret)を含むオペロンを構成しており,レトロン(retron)と呼ばれている。Vibrio choleraeでは,流行病であるコレラの原因となる血清型01および0139にのみレトロンが存在しており,それ以外の血清型株ではこれまでのところ見つかっていない。このことは,V.choleraeの病原性発現と逆転写酵素やレトロンの機能との間に何らかの関係があることを示唆している。本研究では,逆転写酵素とmsDNAの機能を明らかにするために,まずV.cholerae 0139株を親株としてret遺伝子欠失株を作製し,解析を行った。 ディファレンシャル・ディスプレイ法を利用して親株とret欠失変異株との間で発現量の異なる遺伝子を調べたところ,これまでにret変異株においてcatalase/peroxidase遺伝子とnitrogen regulatory protein P_<II>遺伝子の発現量の低下が認められた。catalase/peroxidaseは,細胞内の有毒な過酸化物を除去する働きがあり,またnitrogen regulatory protein P_<II>は,窒素利用能を制御している。これらはともにコレラ菌の成育に有利に機能すると考えられることからret欠損変異による両遺伝子の発現量低下は,逆転写酵素あるいはmsDNAによる遺伝子発現制御を推測させる。さらに,コレラ菌msDNAのDNAステム部分にはミスマッチがなく,転写制御因子を吸着するデコイ核酸の機能を持っている可能性が考えられた。そこで,コレラ菌由来のmsDNA-Vc95をプローブとするゲルシフト法によってコレラ菌総タンパク質中にmsDNA結合タンパク質を検索したところ,少なくとも2種類のmsDNA結合タンパク質の存在が明らかになった。今後さらにこれらの結合タンパク質とret変異株で発現量が変化する遺伝子との関連性を調べる必要がある。
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