研究概要 |
腎臓の糸球体毛細血管の内側を覆う内皮細胞(endothelial cells,以下ECと略す)は腎臓での血流と糸球体濾過の調節に中心的な役割を果たす。この細胞の機能不全または障害は糸球体硬化や糸球体腎炎のみならず,腎不全,高血圧,水電解質異常などの重大な疾患群の原因となる。一般にEC機能は各種ホルモン,サイトカインだけでなく活性酸素(O_2,H_2O_2,OHなど),活性窒素(NO, ONOO^-, nitrosothiolなど),活性アルデヒド(acroleinなど)などのレドックス修飾因子によっても制御される。本研究の達成目標は,各種の腎障害,腎不全モデルにおける酸化ストレスまたはレドックス環境の変化を的確に評価し,そして,その変移の制御がもたらす効果を解析することにより,ヒトの急性・慢性腎不全に対する治療戦略を開発するための基礎データを蓄積することであった。研究成果を以下に示す。 1.ラットの急性腎不全モデルにおいては腎臓での膜脂質やDNAの過酸化,活性窒素産生が亢進すること,抗酸化酵素,活性酸素消去剤や誘導型NO合成酵素阻害剤による治療がこれらの変化と腎不全発症を予防することを証明した。 2.小児巣状糸球体硬化症の発症および増悪にmethylenetetrahydrofolate reductase遺伝子多型(特にTT型)が関与することを明らかにした。高ホモシステイン状態によって導かれる慢性的酸化ストレス亢進状態がこの種の難治性腎疾患の病態形成に寄与することが推定された。高ホモシステイン状態の制御による予防的・治療的効果も期待された。 3.小児1型糖尿病患者においては,病初期から酸化ストレスとそれに連動したカルボニルストレスが亢進していることを特異的●マーカーを用いてはじめて証明した。心血管・神経系合併症を予防するためにも,早期よりの積極的な血糖コントロールの意義が再強調された。 4.培養ヒト微小血管内皮細胞を用いて以下の事項を明らかにした。(a)過剰のNOは内皮細胞の細胞外基質への接着をcGMP非依存性に抑制した。内皮細胞のα_vβ_3integrinがNOにより酸化修飾されるためと推定された。(b)TNF-αにより活性化された内皮細胞への白血球の接着は共存する過剰のNOまたは抗酸化剤(PDTCなど)により低下するが,それはELAM-1、ICAM-1などの接着分子の発現が抑制されるためであった。これらの薬剤は,転写因子NF_<-κ>Bを負に制御することで接着分子の誘導を抑えると考えられたNOには炎症を惹起する作用と抑制する作用が存在するが,その機構はレドックス環境に依存すると思われた。 5.窒素酸化物の相互変換機構を明らかにすると同時に,各種速度式を物理化学的に公式化した。生理学的あるいは病理学的環境下での活性酸素,活性窒素の生成状況を予測するための基礎データとなった。
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