研究概要 |
細胞接着因子として同定されたβ-カテニンはユビキチンシステムによる分解制御機構から逸脱して核内に移行し,固有の細胞内情報伝達系を介してがん遺伝子として機能することが提唱された.そこで,ヒト大腸癌を対象にしてβ-カテニンシグナル伝達系活性化とその標的遺伝子群の発現や,このシグナル伝達系制御異常を腫瘍病態の観点から究明し,得られる知見を大腸癌の発癌進展過程の解明と診断・治療に応用することを目的として本研究を開始した. 2001年度はβ-カテニンのがん遺伝子としての作用について,200例以上の大腸癌を対象に予備検討を行なった.その結果,大腸癌におけるβ-カテニン活性化は50%以上と高頻度に認められることを明らかにした.また,その活性化様式には異なったパターンが存在し,腫瘍全体において活性化されている症例が40%,腫瘍浸潤先進部において特異的に活性化を示す症例が9%であるという興味深い知見を得た.とくに,腫瘍浸潤先進部で特異的に(おそらくlate eventとして)活性化されると,このシグナル伝達によりMMP-7(マトリライシン)の発現誘導を介して癌の悪性度を高めることを明らかにした.同様の結果は別に集積した大腸癌70症例の解析により再現性が確認された.β-カテニンのユビキチンシステムによる分解制御因子として我々の研究グループが同定したβTrCP(β-transducin repeats-containing protein)はβ-カテニンシグナル伝達に依存して誘導され,β-カテニン発現とはnegative feed-backの関係にあることと,NF-κBの発現を誘導することを培養大腸癌細胞と少数のヒト大腸癌を対象にしたpilot studyにより明らかにした. 2002年度は,β-カテニンの多様な活性化パターンと他のがん関連シグナル伝達系との関連について検討した.その結果,β-カテニンを標的とするユビキチンリガーゼ受容体βTrCP(上記)の発現変化が,β-カテニンの大腸癌浸潤先進部における特異的活性化と密接に関連していた.一方,腫瘍浸潤先進部におけるβ-カテニンシグナル活性化はAPCがん抑制遺伝子の不活性化とは無関係であったので,既報のものとは別の活性化制御機構が示唆される.大腸癌におけるK-rasがん化シグナルやp53がん抑制シグナルとβ-カテニン活性化パターンとの間には特定の相関は認められなかった.しかし,腫瘍浸潤先進部におけるβ-カテニンとK-rasがん化シグナルがともに活性化されている大腸癌は悪性度が高く,転移・再発が有意に高頻度であったことから,これらのがん化シグナルががん病態の分子指標として重要であることが判明した. 以上,本研究計画により得られた一連の成果は,活性化β-カテニンとそのシグナル伝達制御因子を標的にした大腸癌の分子診断や遺伝子治療の開発に関する研究に展開できるものと期待される.
|