研究概要 |
脊髄損傷(spinal cord injury : SCI)後に生じる異常知覚,特に中枢痛は,SCI部より吻側,尾側に生じことが知られており,いずれの疼痛も治療に抵抗性を示し,異なった機序に起因することが考えられる.このSCIより吻側(above-level)と尾側(below level)の疼痛機序をラットを用いて検討した. 方法:ハロタン麻酔下にSprague-Dawleyラットの脊髄を腰部L2で半切した.SCI側の足底,および腰・臀部に機械刺激し,痛覚過敏とアロディニアの発生を観察したところ,SCI後,7日〜10日でほぼ最大となり,観察期間(21日),同程度の痛覚過敏とアロディニアが維持された.そこで,SCI後,10日〜14日のラットをハロタン麻酔下に,L2〜L5脊髄を露出し,動物を固定し,SCIより10mm吻側および10mm尾側にタングステン電極を刺入し,脊髄後角のwide-dynamic-range (WDR)およびhigh-threshold (HT)ニューロンの単一細胞活動を細胞外記録で導出した.自発活動,非侵害・侵害刺激に対する応答を測定後,静脈内にモルヒネを加算的に投与して,ニューロン活動に対する抑制をみた.また脊髄表面に作製したチャンバー(〜1000μl)内にモルヒネを加算的に投与し,同様の変化を調べた. 結果:自発活動は,above-level, below-levelともにsham手術ラット(コントロール)に比べて有意に増加していたが,burstパターンを示すニューロンはabove-levelでのみ観察された.L2後根はSCI時に切除したが,足底部(皮膚節L3〜L5)の刺激でabove-levelニューロンも応答が見られた.above-level, below-levelのニューロンともに非侵害刺激,侵害刺激に対する応答がコントロールに比べ有意に増加していたが,その増加はbelow-levelニューロンでより有意であった.HTニューロンはSCI後も自発活動の増加を示さなかったが,侵害刺激に対する応答はabove-level, below-levelニューロンともに増加しており,above-levelニューロンでより有意に増加していた.モルヒネの全身投与は,above-levelニューロン活動を有意に抑制したが,below-levelニューロンへの影響は軽微であった.モルヒネの脊髄投与はabove-levelおよびbelow-levelともに非侵害刺激に対するWDRニューロン活動を抑制した.モルヒネ投与はHTニューロンへはほとんど影響を与えなかった. 結語:以上の結果から,脊髄ニューロンはSCI後,障害より吻・尾側ともに,自発性,および刺激で惹起される反応性が増大するが,その生理学的機序やモルヒネに対する抑制度が異なることが示唆された.また皮膚節から,below-levelと考えられる部位からもSCIより上位の脊髄への投射があり,皮膚節部での同一部位でも,異なった機序に起因する疼痛が混在していることが示され,これらにより,SCI後の中枢痛の治療が画一的な戦略では成果が得にくい可能性が示された.
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