研究概要 |
れわれは精巣腫瘍における染色体異常としてX染色体の増加に着目して研究を進めているが、X染色体には正常女性核型XXにみられるようにXISTを介したX染色体不活化機構(X inactivation)が存在しいわゆる余剰Xの不活化というユニークな機能が存在する。さらに男性XYにおいても精巣胚細胞にだけはXISTの発現がみられる。しかし精巣におけるXISTの生物学的意義については不明である。これらX染色体の倍数体とそれを不活化するXISTの存在というX染色体をとりまく複雑な制御機構を考えるとX染色体におそらく存在すると思われる精巣胚細胞腫瘍の感受性遺伝子がgene dosageにしたがって働く癌遺伝子的分子なのかまた癌抑制遺伝子的分子であるのかは極めて興味深い問題点であると考えられる。今回の申請ではこの点を明らかにすることに特に力点を置き研究を進めた結果以下の新しい知見を得ることが出来た。 精巣胚細胞腫瘍(Testicular germ cell tumor :: TGCT)においてはセミノーマ、非セミノーマの如何を問わずX染色体の増加が恒常的にみられることが確認された。精巣腫瘍でも特にセミノーマにおいて高頻度にXISTの発現がみられることが判明した。また、精巣腫瘍および精巣胚細胞におけるXISTの転写産物は女性XXにおける不活化Xとは異なり、X染色体遺伝子(GPC3,FMRおよびAR遺伝子)のメチル化を介した不活性化には繋がっていないことを明らかにした。このことから精巣腫瘍におけるX染色体の増加はXISTの発現にも関わらずInactivationを受けないことが想定され、精巣腫瘍におけるXISTの発現は女性XXにおける余剰X染色体の不活化(いわゆるcounting mechanism)とは異なるものと考えられた。すなわち精巣腫瘍における余剰X染色体はXISTの発現にも関わらずすべて非メチル化であり活性型X染色体であると考えられた。 次にX染色体上の遺伝子プロフィールで精巣腫瘍ではXISTの発現の如何にかかわず、またセミノーマ、非セミノーマの如何を問わず非メチル化に制御されているというわれわれのデータにもとづき、精巣腫瘍では他の常染色体上の遺伝子でも非メチル化状態が維持されているのではないかとの仮説を立て以下の検索を行った。すなわち他の癌腫において高頻度にaberrant methylationの報告されている常染色体上の9個の癌関連遺伝子(E-cadherin, p15, p16, BRCA1, Rb, VHL, RASSF1A, RARβ, GSTP1)のCpG islandsについて体細胞由来の癌である精巣悪性リンパ腫と比較しながら検討を行った。その結果、精巣悪性リンパ腫ではE-cadherin, RASSF1A, RARβのメチル化が高頻度にみられるのに対し、精巣胚細胞腫瘍ではセミノーマ、非セミノーマの如何を問わずメチル化は認められなかった。このことは病理学的に時に鑑別診断を要するセミノーマと悪性リンパ腫の識別にこれら遺伝子のメチル化が応用可能であることを示唆するものと考えられた。
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