研究概要 |
漆の乾燥硬化は高い湿度に調節した特異な環境下で行われるが、湿度や温度の与え方が微妙で適切な管理が必要である。これは漆液の中のラッカーゼ酵素が脂質のウルシオールを酸化するために必要な条件で有る。そのあとは空気中の酸素による自動酸化により硬い塗膜が得られる。このように漆液の初期の乾燥硬化には湿度が大変重要である。湿度が高すぎると塗膜表面がチジミを起こし、逆に湿度が低いと乾燥不良になり乾かない場合が有る。この漆の特殊性が漆塗料の汎用化を阻む要因にもなっている。その要因は、希少性と採取法に裏打ちされる高価格と気触れ対策や、高湿度雰囲気を維持しなければならない乾燥管理の難しさに他ならない。 本研究では、低湿度環境で自然乾燥性を持つ重合漆塗料の開発を目的として、漆液が恒温恒湿乾燥器(漆室)中でラッカーゼ酵素の酸化によって重合し、自動酸化反応を経て乾燥する過程の経時変化を調べた。生漆および素クロメ漆膜の乾燥過程におけるIR(赤外線吸収)スペクトルと抗酸化性の変化から、酵素重合が進行した漆液ほど側鎖の自動酸化が起こり易くなると推論した。そして漆塗膜と漆液薄相の乾燥性と重合度の経時変化を調べた結果、低湿度環境で自然乾燥性を発現するときの分子量分布は、ウルシオールモノマーが27%以下に減少していることが認められた。 そこで低湿度環境で自然乾燥性を持つ重合漆を調製する目的で、反応容器中で生漆を反復「クロメ」を行った。すなわち簡易な実験用漆重合装置を試作し、「クロメ」処理を繰り返すことによって生漆を重合させ、漆液中のウルシオールの変化と低湿度環境(20-25℃、45-55%RH)での乾燥性を調べた。生漆は反復「クロメ」によって酵素酸化が進行し、この中に含まれるウルシオールモノマーが減少する。さらに、これらの変化に伴い,ヒドロキシル基価と抗酸化力が低下して側鎖の自動酸化が起こり易くなり、低湿度環境での自然乾燥性が発現することを見いだした。
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