研究概要 |
フェロモンのレセプタータンパクにおけるフェロモン分子の認識は様々な様式が存在し,極めて精緻な分子認識が行われている。しかし,その分子認識の機構は全く不明であった。 有機化合物中のメチレン基をジフルオロメチレン基に置き換えると分子の形を変化させずに,隣接する官能基の反応性や分子表面電荷やHOMO, LUMO軌道を修飾できる。実際にγ-ラクトンのα位にジフルオロメチレン基が導入されると分子の形を維持したまま,分子表面の電荷密度とLUMOに大きな変化が生じる。そこで,その分子の静電マップとフェロモン活性相関を比較することで,フェロモンレセプターの分子認識メカニズムを解明する手法になるものと期待される。ターゲットとしてアフリカの穀物害虫であるEldana saccharinaのフェロモンであるエルダノリドにジフルオロメチレン基を導入した2,2-ジフルオロエルダノリドを合成し,誘因活性を調べたところ2,2-ジフルオロエルダノリドは天然のフェロモンをわずかに凌ぐ誘因活性を示した.このフェロモン分子を半経験的分子軌道計算(PM3レベル)で構造最適化して計算科学的に眺めてみた結果,分子軌道のLUMOは非常に異なるが,HOMOを見ると,天然のエルダノリドも2,2-ジフルオロエルダノリドも酷似していることがわかった。すなわち,Eldana saccharinaのフェロモンのレセプタータンパク上の分子認識は分子全体のHOMOが重要な働きを有するのではないかという仮説を立てた。この仮説を実証するため,分子の形は酷似しているがHOMOが異なるエルダノリドのフッ素アナログでの合成を行い,そのフェロモン活性と構造相関を調べた。ペンタフルオロエルダノリド(5FN)とトリフルオロエルダノリド(3FN)を想定し,これらを不斉合成し,そのフェロモン活性を調べたところ,天然型5FN,3FN,非天然型5FUN,3FUN共に完全に誘因活性が消失し,Eldana saccharinaにおいては,分子のHOMOがフェロモン活性を発現するための重要な要因であることを明らかにすることができた。
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