研究概要 |
本研究は,財務諸表の利用者が,有限の合理性という現実における制約の下で行う意思決定に対して,会計利益が担っている社会的な機能を明らかにすることを目的としたものであった。 財務諸表の利用者にとっての重要な関心事は,企業の将来の状態である。しかしながら,有限の合理性しか持たない利用者にとって,企業の将来の状態を知ることは不可能である。このような状況における意思決定は定型行動を導く。処理能力が不足する状況においては,最適行動ではなく,多くの場合に適合することが期待される定型行動の採用によって意思決定の簡便化が図られるからである。定型行動は,多くの動物にとっての典型的な意思決定の手段である。そして,人間の意思決定においても多くの場合に適用されるものである。 有限の合理性しか持たないということは,処理能力の不足を意味している。したがって,有限の合理性しか持たない財務諸表利用者は,意思決定において定型行動を採用しやすい状況にある。事実,会計利益を産出する会計システムは,「利益額の大きい企業は良い状態にあり,利益額の小さい企業は悪い状態にある」という簡便的な意思決定に基づく定型行動を生み出す機能を担っているのである。 以上のように,会計学以外の分野,とくに経済学,社会学,生態学,心理学といった分野の知見を利用することによって,有限の合理性しか持たない人間の作る社会において,会計利益は,意思決定を簡便化するための「定型行動」を可能とする機能を担っていることが明らかになった。
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