研究概要 |
本研究は量子力学的な確率遷移効果を用いて組合せ最適化問題におけるコスト関数の局所最小からの脱出をはかることにより、高精度の近似解を高速に求める方法である「量子アニーリング」の数理的基礎の整備を行うことを目的とし、平成13、14年度の2年間に渡って実施された。得られた成果は主に次の3つである。 ○P体スピングラス相互作用+P体強磁性相互作用+横磁場を有するスピン系を用いた誤り訂正符合の定式化 ○混合正規分布推定問題に対する非加法的統計力学を用いた確定的アニーリングEMアルゴリズムの性能評価 ○非加法的統計力学により拡張された確定的アニーリングEMアルゴリズムの巡回セールスマン問題への応用 第1の成果に関しては、既に研究代表者により得られていた画像修復問題に関する結果[J. Inoue, Physical Review E vol.63, pp.046114-1〜046114-10 (2001)]の自然な拡張であり、画像修復の系がランダム磁場イジングモデルで記述されるのに対し、上記符号系はP体スピングラスである。本研究ではこの系に対し、横磁場・温度の誤り率に及ぼす影響の相図をスピングラスの統計力学的解析により描くことができた。しかし、この系はレプリカ対称性が破れており、この対称性を破る解の再構成は現在継続中である。第2の成果に関しては、周辺尤度関数の局所最大からの脱出プロセスがあからさまに観測できる例として確定的アニーリングEMアルゴリズムの混合分布推定問題を扱い、このアルゴリズムをTsallisの非加法的統計力学を用いて拡張し、その性能、とくにアルゴリズムのダイナミックスに関する性能評価を数値実験及び解析計算により行い、その有効性を確かめた。この確定的アニーリングEMアルゴリズムの中に量子効果を入れる試みは[Tanaka:私信]により良好な効果が得られないと報告されているが、量子力学的トンネル現象が直接に観測できる例として、今後もその可能性を探っていく必要があると思われる。その意味で第2の成果で得られた解析的性能評価の方法を用いて量子効果を用いた確定的アニーリングEMアルゴリズムの性能評価を引き続き行うことは重要であると考える。第3の成果に関しては第2の成果で得られたアルゴリズムをより現実的な組合せ最適化問題である「巡回セールスマン問題」へ応用し、その有効性を数値実験により確かめることができた。なお、第2、3の成果に関連する研究は文部科学省科研費特定領域研究「画像修復アルゴリズムの動的側面に関する統計力学的性能評価」として継統して研究を遂行して行くことになる。
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