研究概要 |
昨年度に引き続き、以下に示す励起酸素原子と塩酸の反応を中心に研究を行った。 O(1D)+HCl(1Σ+)→OH(2II)+Cl(2P),ΔHO=-44.4kcal/mol,→ClO(2II)+H(2S),ΔHO=-6.0kcal/mol,この反応は、大気化学のモデリングにおける重要な反応である。そして、基礎的な反応ダイナミクスの視点からも次の様な点で興味深い系である。(i)電子基底状態においてHOClとHClO分子に対応する二つの深い井戸が存在することによりO(1D)+H2反応のように単純な挿入反応を想起させられるが、引き抜き反応の可能性も実験から示唆される。(ii)二つの生成経路が存在する(上の反応式)。(iii)スピン対称性を保持した場合、5つの電子状態がこの反応には関与するが、今まで電子基底状態のみ理論研究が行われてきており、電子励起状態の役割については不明な点が多い。本研究では昨年、高精度な量子化学計算を行うことにより世界で初めて決定した電子励起状態のポテンシャルエネルギー面を使い、量子反応動力学計算を行った。そして、上で述べた疑問点について正確な知見を得ることができた。我々の計算で分かったことは、電子基底状態の反応過程については引き抜き反応というよりは、接近する酸素と塩素原子の間で水素分子が激しくふらふらする付加反応的過程を経て反応が進んでいる。これは特に基底状態に二つの井戸があるためと思われる。一方、最初の電子励起状態である1^1A"状態は、反応経路の遷移状態手前に井戸があるため、共鳴効果が反応確率に現れる一方、もう一つの電子励起状態である2^1A'状態は、反応経路及び遷移状態とは全く異なる核配置にvan der Waals結合の井戸があるため、一般には、反応を促進するはず井戸が、反応を阻害するような結果となった。これは、新しい知見である。また、この系においてこれまで50年間理論と実験の一致をみなかったが、我々の理論結果が世界ではじめて実験結果と一致することができた。
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