(アレーン)遷移金属錯体による不斉反応は、これまでにも数多く報告されているが、そのほとんどが(アレーン)錯体の側鎖における不斉点の制御や芳香族への求核置換によるものであった。既に、(アレーン)クロム錯体の持つ面不斉を利用した立体選択的鈴木ー宮浦クロスカップリング反応により、軸不斉光学活性ビアリール化合物を効率良く合成する手法を開発し、単一のアレーンクロム錯体から軸異性体の両アトロプ異性体を完璧に作り分けることができるようになったことは報告している。そこで、この方法論を用いて軸不斉を有する天然有機化合物の合成研究を行った。その結果、院内感染治療薬の最後の切り札とされているバンコマイシンの軸不斉を有するA-B環ビアリール骨格を世界ではじめて立体選択的に合成することに成功した。また、軸不斉を有する天然物合成研究の過程で、ベンジル位に水酸基を有するSyn体のビアリールクロム錯体を加熱還流を行った際に、クロムトリカルボニルが分子間で反対の芳香環面に完全に再配位して、面不斉の立体化学が完全に反転したAnti体が得られる興味深い現象も発見することができた。この反応において、ベンジル位側鎖のヘテロ原子が大いに関与しており、錯体の不安定構造の解消が反応の駆動力になっていることを明らかにすることができた。
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