本研究期間において、イヌの大脳、海馬、中脳の神経細胞についてβアミロイド沈着の有無、ssDNA抗体によるアポトーシス細胞数、ユビキチン抗体による変性神経突起数、GFAP抗体により星状膠細胞増殖率等を検索し数値化すると同時に、これらの部位における神経細胞の基本的な病理学的変化をしらべた。中脳については、特に黒質領域の病変を限定して検索する目的で、チロシンヒドロキシラーゼ(TH)に対する抗体を用いて黒質のドパミン生成神経細胞を描出して、加齢に伴う同細胞数の変化等もあわせて検討した。その結果、大脳では神経細胞の減少・神経膠細胞の増加が比較的年齢依存性にみとめられるのに対し中脳黒質のドパミン生成神経細胞数は加齢やβアミロイド沈着による影響は殆ど受けずに、良好に維持されており、ssDNAで描出されるアポトーシス細胞も加齢依存性に増加する傾向も見られなかった。一方中脳黒質では大脳や海馬の神経細胞では、認められない好塩基性あるいは好酸性結晶状封入体が老齢犬を中心に頻繁に観察されることが明らかになった。ヒトのパーキンソン病では、中脳黒質のドパミン生成細胞にレビー小体と呼ばれる細胞質内封入体が形成され、本封入体の形成にはαシヌクレインの凝集が関与すると考えられている。このため高齢犬黒質神経細胞内の封入体の構成成分を明らかにする目的で、αシヌクレイン、ユビキチン、ニューロフィラメント、チュブリン等に対する抗体を用いて検索したところ、一部の封入体がユビキチンに陽性を示すものの、その他の抗体との反応は認められなかった。このためイヌ黒質神経細胞に形成される封入体はヒトのレビー小体と異なる機序で形成され、神経細胞死を誘発するほどの病理学的意義に乏しい変化であろうと予想された。しかしながら、高齢犬の黒質神経網には、抗ユビキチン抗体で描出される変性神経突起が加齢依存性に有意に増加することが本研究で明らかにされており、このような神経突起変性に神経細胞内の封入体形成が関与する可能性は否定できない。以上の研究成果については、既に昨年学術論文として取りまとめ本年2月に学術雑誌(J.Vet.Med.Sci.)に公開される。
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