研究概要 |
【はじめに】分娩前後の乳牛では生体内でのカルシウム(Ca)の流入と流出の不均衡の結果として低Ca血症が起こり易い.生体は骨や消化管からのCa動員により恒常性を保とうとするが,分娩時には骨からの再吸収は抑制され,消化管からの吸収に依存している.これまでも低Ca血症に関して数々の報告が見受けられるが,消化管のCa吸収機構に関する研究は少ない.消化管でのCa吸収能力には粘膜での能動輸送が大きく関与し,その制御因子の一つとしてCa結合タンパク(calbindin D9k ; CaBP9k)が知られている.本研究では,乳牛の消化管におけるCaBP9k mRNAの発現分布,ならびに月齡および分娩のCaBP9k mRNA発現量への影響について検討した.【材料と方法】実験A:ホルスタイン種廃用乳牛3頭(3.9〜13.4ヶ月齡:♀)から第四胃から直腸までの各部位から粘膜を採取し,CaBP9k mRNAの発現分布を検討した.実験B:ホルスタイン種廃用乳牛10頭(0.4〜83.4ヶ月齢:♂1,♀9)とそのうちの妊娠牛2頭の胎児(♀2)から十二指腸粘膜を採取し,各月齢の発現を検討した.実験C:ホルスタイン種分娩牛4頭(2〜11歳)から分娩前後の各時期において十二指腸粘膜を外科的生検し,発現量の変遷を検討した.なお,CaBP9k mRNAの発現はRT-PCRならびNorthern Blotにて検出した.【成績】実験A:CaBP9k mRNAの発現は十二指腸〜空腸近位にて明瞭で,他の部位では発現を認めなかった.とくに,十二指腸の近位ほど強く発現していた.実験B:胎児の十二指腸ではCaBP9k mRNAの発現は認められず,0.4ヶ月齡以降の乳牛で発現していた.しかし,月齢とCaBP9k mRNAの発現量との間に相関関係はみられなかった.実験C:妊娠末期および分娩直後ではCaBP9k mRNAの発現量が高く,非妊娠・非泌乳期では低下する傾向があった.【考察】ラットでは消化管におけるCaBP9k mRNAは十二指腸から盲腸までの範囲で発現している.今回の乳牛での発現分布は消化管でのCaの能動的吸収がラットに比較して限局した領域で営まれていることを示唆しており,乳牛の低Ca血症の病態を考える上で重要と考えられた.また,胎児でCaBP9k mRNAは発現せず,生後全ての乳牛で発現が認められたことは,消化管における能動的Ca吸収能力は生後に獲得するものと推察された.さらに,Ca要求量が高いとされる妊娠末期と分娩直後においてCaBP9k mRNA発現量が高いことが示唆された.
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