研究概要 |
代償性肥大から心不全に移行する際にβアドレナリン受容体(βAR)の反応性低下が見られ,心不全の病態形成に重要な役割を果していることが知られる。この機序の一つとしてβARとG蛋白の結合解離(uncoupling)が考えられる。不全心においてはβARキナーゼ1(βARK-1)の活性化によりβARのuncouplingが起こる。in vitroの実験でアンジオテンシンII(AII)受容体の下流にあるプロテインキナーゼC(PKC)がβARK-1を活性化させることが報告され,in vivoにおいてもAIIとβARの両シグナル伝達間に細胞内クロストークの存在することが想定される。 本研究ではAII受容体拮抗薬(ARB)の投与によりこのクロストークを介してβARのシグナル伝達を変化させ,心筋梗塞(MI)後の左室(LV)機能が改善される可能性について検討した。 左冠動脈結紮によるMIラットモデルを作成し,梗塞4週後に10mg/kg/日のカンデサルタンを2週間投与した投与群と非投与群に無作為に割り付けた。Sham手術群を対照群とした。投与群と非投与群ともに同程度にLV径増大,LV機能低下を認めた。イソプロテレノール(ISO)で刺激した際のLV max dP/dtの上昇は非投与群では低下したが,投与群では回復が見られた。非投与群の非梗塞部心筋において高親和性βARの比率およびISO刺激下のcAMP産生能は,対照群と比較していずれも低下した。この結果は非梗塞部心筋においてβARのuncouplingが生じていることを示すが,投与群では軽減された。イムノブロット法によると,非投与群の膜分画におけるβARK-1の発現亢進はARBによって抑制された。また,膜分画におけるPKC-εの蛋白発現は投与群の方が非投与群よりも低かった。他のβARKおよびPKCアイソフォームの発現については3群間で差がなかった。 以上の結果からARBの投与によりMI後の不全心筋におけるβARのシグナル伝達が改善され,この現象の原因としてβARK-1とPKC-εを介したAIIとβAR間のシグナル伝達のクロストークが関与した可能性があると考えられた。
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