研究概要 |
本研究では,人間の認知・予測能力の発達的変化を,生後5ヶ月〜8ヶ月の乳児を対象とした行動実験と,そこで得られたデータを解釈するための計算論的枠組みの構築を行った。具体的には,ターゲット対象の遮蔽と回転を伴う物理的事象に対する乳児の注視行動を馴化・脱馴化パラダイムに基づいて計測と,計測された眼球運動データを非線形予測法に基づいて分析するための枠組みを開発した。馴化・脱馴化パラダイムとは事象に対する乳児の「馴れ」に基づく乳児実験パラダイムであり,ローカルな学習過程を反映する。非線形予測法は実世界から得られる時系列データの背後にあるシステムの特性を調べる上で有効な手段である。これは実世界より得られる時系列データを埋め込み定理により相空間上にアトラクタを再構成し,予測精度を計算する。これにより,得られた信号が周期的であるか,ランダム性を有するか,あるいは非線形力学的な系より生み出された信号であるかを推定する手法である。 当該行動実験を非線形予測法に基づいて分析した結果以下の点が明らかになった。 1)予測精度がステップ数の増加と共に減少するトライアル(カオス的な眼球運動) 2)予測精度がステップ数に関係なく低いトライアル(ランダムな眼球運動) これより探索時の乳児の眼球運動は,周期的な運動をするよりはむしろランダムな運動とともにカオス的な運動をすることが示唆される。 これまでの乳児研究では,乳児の注視行動を「注視時間」というマクロな指標にのみ基づいて分析しされてきたが,本研究によって開発された分析手法を他の行動実験にも適用することにより新たな知見が得られることが期待できる。
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