研究概要 |
極地のコケに枯死を起こしていると考えられる糸状菌の種を特定し,その発生生態を明らかにすることを目的として,本研究を行った.1998年から2000年に北極圏内に位置するスバールバル諸島スピッツベルゲン島で研究代表者らが行った調査で,コケ群落の枯死部からPythium属菌に属する糸状菌が多数分離された.そのため,これらの糸状菌について,形態観察とrDNA ITS領域の解析による同定,およびコケに対する病原性試験を行った。また,2001年6月〜7月と2002年8月に新たにスピッツベルゲン島に滞在し,同島のコケの優占種であるカギハイゴケの群落の枯死部から糸状菌を分離し,同様の実験を行った.その結果,スピッツベルゲン島のカギハイゴケ群落には,未報告種を含む少なくとも4種のPythium属菌が生息していることがわかった.また,これらはいずれもカギハイゴケに対して病原性を有しており,その発病力が種によって異なることが明らかになった.さらに,少なくともこの内の一種は,その菌糸が凍結耐性を有することが明らかになった.一方,1999年にスピッツベルゲン島の温室から分離された野菜等に強い病原性を示すPythium属菌を,Pythium ultimum var. ultimumと同定した.本種は,rDNA ITS領域の解析から本菌は温帯域の同種と遺伝的に同じであることがわかった.この結果は,北極圏の温室に温帯産の本属菌が分布していることを示したものである.一方,本種は低温下でほとんど生育できず,同島の野外環境下では生育することができないため,本種が温室内から流出してコケの枯死に関与している可能性は低いと考えられた.以上の本研究により,北極圏内のコケ群落には,これまでに報告されていないPythium属菌が生息しており,コケに枯死を起こしている可能性が示された.
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