近年、生物時計の研究が進み、その分子機構解明のために様々な種の生物において、概日リズムに関するタンパク質、遺伝子解析が実施されている。こうしたなか、18アミノ酸残基からなる神経ペプチド・PDHは、昆虫脳における時計ニューロンに特異的に存在し、概日リズム発現のペースメーカーホルモンとして働いている。このペプチドは神経軸索、シナプス、細胞質のみならず細胞核にも存在し、その機能に大きな注目が寄せられている。しかしながら、受容体をはじめ、分子挙動に関する分析はほとんど手付かずの状態である。本研究では、PDFの分子機構の解析を目的に、以下の実験を行なった。 前年度に引き続き、カイコPDFについて精製実験を実施した。脳からの抽出物について固相抽出、逆相HPLCで分画を行なった。同定には抗体を用いたELISA法を用いた。HPLCでの分離後、マススペクトルおよびプロテインシーケンサーでの配列解析を実施したが、PDF全構造は解析できなかった。そこで、まずPDFペプチドの標準品として配列既知のPDFペプチドを化学合成し、その精製時における挙動と構造について検討した。ペプチドはFmoc固相合成法で化学的に合成し、純品を得た。その結果、PDFのN末端に存在するAsn-Gly配列は、ペプチド合成時に不安定であることが明らかとなり、単離・精製時に分解を受ける可能性が示唆された。この事実より、PDFのアミノ酸配列を決定するため、cDNAクローンニング法を用いることとした。その結果、イエバエおよびコオロギPDFの2種をPDFペプチドのアミノ酸配列を決定した。それらの配列情報より相当するペプチドを化学合成し、CDスペクトル測定したところ、リン酸水溶液中ではβシート構造を、膜環境に類似した結果を与えるTFE濃度を増加させるとPDFペプチドの2次構造がαヘリックス構造を多く含む立体構造に変化することが観測された。CDスペクトル解析の結果は2つのPDFでほぼ同一で、受容体結合構造はPDFペプチドに共通であると推定された。
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