研究概要 |
本研究では,妊婦の意識に影響を与える妊婦健診-とくに,超音波診断の導入を中心に-に焦点を当て,女性が妊娠期間を過ごす妊婦健診のあり方を再考するものである。そのため超音波診断を含む妊婦健診と,超音波診断を含まない妊婦健診の2場面の参与観察を通して,超音波診断と妊婦健診に対する意識を比較分析した。また,2場面における24事例の妊婦を対象に,妊婦健診の観察方法と妊婦の妊娠観及び身体感覚の関係性を比較分析し,妊婦の意識に与える要因を究明した。 その結果,次の3つが明らかになった。第1に,ほとんどの妊婦は超音波診断を受けて画像を見ることにより肯定的な感情が促されていたが、妊娠初期の経膣超音波診断に対しては否定的な感情を持つ妊婦もみられた。第2に,画像に対する妊婦の視覚、識別の有無と認知した内容を比較,分析した結果,妊婦の画像に対する視覚と認知の整合性はみられず,画像に対する妊婦の視覚は不明瞭なものであった。つまり妊婦は画像上に写し出された像と断層像の識別が不明瞭であったといえる。 以上のことから,妊婦の画像に対する「赤ちゃんが見えた」という認知は,「診察者の説明」「イメージ」「妊婦の既得知識」にくわえて,妊婦診察をうけているという「文脈効果」によるものであったと考えられる。そして超音波診断の胎児画像を見せることにより胎児の存在確認を行うことは、常に胎児が見えないと不安になるという感情につながっていた。すなわち「胎児画像の存在」と「診察者による胎児の成育を保証する発言」によって生じた安心感は,それらが存在しないと不安になる表裏一体のものであった。その結果,妊婦の<胎児画像が見たい>という欲求がさらに強化されていたといえる。ただしこの意識は妊娠末期に近づくと変化し、妊婦の身体感覚により体位の存在を実感していた。第3に,超音波診断を実施しないで,レオポルド触診法を用いた腹部診察により妊婦診察を行う場合は,妊婦の身体感覚で胎児の存在や発育の程度を確認していた。また,レオポルド触診法は妊婦自身で行う自己診察の方法を伝承する役割も担っていた。 総じて,本研究では,超音波診断装置の導入により胎児画像を用いた妊婦健診の普及は、妊婦の身体感覚を詳細に説明する診察方法を喪失させたといえる。また健康な妊婦の順調な妊娠経過を診察する妊婦健診が,異常の早期発見,早期治療を目的にした妊婦健診(疾患診断)に変化したことが明らかになった。
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