研究概要 |
河口域にすむアカテガニの雌は,生殖時期(6-9月)になると抱卵し,約1ヶ月後に川岸や海岸に現れてゾエア幼生を放出する。今までの研究で,孵化を環境サイクルに同調させるために,「孵化過程」、と呼ぶ孵化を誘導する発生プログラムがあることが示唆された。野外では2晩前の満潮時刻に雌親から「孵化過程誘導物質」が分泌され,胚に伝わり,「孵化過程」が始まると考えられる。孵化過程誘導物質はアカテガニの潮汐リズム発現の鍵物質である。 アカテガニの「孵化水」(ゾエア幼生が孵化した後,ゾエアを取り除いた水)には何種類かの活性物質が含まれる。そのうちの一つがOHSS(ovigerous-hair stripping substance)と名づけられた活性タンパクで,孵化後雌親の担卵毛の上に残る壊れた卵殻や柄、コートを脱落させる機能を持つ。しかし,OHSSは孵化機構にも直接的な働きをしていることが考えられた。OHSSは精製され、分子量は25KDaで、遺伝子のクローニングによりOHSS遺伝子は全長1759bであることが示された。 当初OHSSの前駆体が,孵化過程誘導物質ではないかと考えられた。しかしその後研究を進めてゆくうち,孵化過程誘導物質は別に存在するという可能性が強くなった。孵化が近づいた胚の一部を親から切り離し,アセトンやアセトニトリルに短時間(10分ほど)つけると,50-55時間後に80%以上の胚が孵化することが見出された。孵化したゾエア幼生は正常のものと全く同じように泳ぐことができるので,これらの有機溶剤は異常な孵化を引き起こしたわけではない。 しかし、抱卵雌の体内からアセトンのような強い化学物質が放出されている可能性は低い。本研究によって、孵化過程誘導物質(HPIS)は、胚の循環水に含まれていることがわかった。現在の段階では、後鰓室の中の皮膚の襞で作られ、後鰓室への放出が潮汐時計によってコントロールされていると考えれば、今までの多くの謎が解けるところまでわかってきた。
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