本研究では当初、現有の共振器内キャビティダンプ-フェムト秒チタンサファイアレーザーを用いて行う予定であった。このレーザーは4MHzの繰り返しでパルス幅13fs及び出力60nJ/パルスを発振した。ビームスプリッターを用いてこの出力を3発に分割し、位相整合条件を満足するように試料に入射し、インパルスシブ誘導ラマン散乱の装置を製作した。CS_2などの標準サンプルからの信号を観測することができたが、研究の段階でキャビティダンパーのブラッグセルが動作不能となった。そのため類似のブラッグセルを用いて動作を試みたが、出力の回復には至らなかった。そこで、新たに三つの方向性で研究を行った。すなわち、(1)フェムト秒レーザーの共振器からの出力のみを用いて低振動ラマン散乱を測定する装置を製作した。標準サンプルからの信号は観測することができたが、レーザーの出力が弱かったため(出力数nJ/パルス)水溶液の信号を得ることはできなかった。(2)そこで、チタンサファイア再生増幅器(出力数百μJ/パルス)からの出力を用いた測定系の製作を開始した。(3)一方で、生体高分子の低振動スペクトルをラマン遷移ではなく双極子遷移で観測することを行った。すなわち、フェムト秒パルスにより発生したテラヘルツ電磁波(遠赤外領域に周波数を持つ)を用いてチトクロムcやポリアラニン、ポリグリシンなどのポリペプチドの低振動領域(7-160cm^<-1>)のスペクトルを観測し、チトクロムcについては天然状態と変性状態でスペクトルが変化しないこと、また観測した生体高分子の低振動スペクトルの強度は波数の約1.5乗に比例することを見いだした。これは生体高分子の特異的な揺らぎ、集団運動を現していると思われる。
|