研究概要 |
本研究は極体放出阻止による倍数体育種法と同様,広義のゲノム操作法に属し,淡水産腹足類リムネアをモデル動物として,無脊椎動物の画期的育種法(養殖法)の開発を目的とした。特にその背景には,個体発生と系統発生の関係を考慮する進化発生学的な視点がある。すなわち,幼生が変態する分岐点に着目し,物理的,化学的,生物学的手法で分化の方向を変更する。さらに,ゲノムの修復能力(融通性,可塑性)を利用して,環境適応力のある異なる体制の有用生物体へと誘導するものである。本年度はまず,浸透圧処理で任意のサイズのトロコフォア幼生に維持する前年度の手法を改良した。次に,その特徴的な消化盲嚢(アルブミン嚢)に栄養物質を貯留させ,ワムシより栄養価の高い新生物餌科とし得るか否か検討した。ここでは,幼生が囲卵腔液内の多糖類ガラクタンを摂取し,消化盲嚢内で貯留・分解する過程を解析し,幼生の飼育水に高分子栄養源を添加した場合のケース・スタディとした。浮遊幼生は囲卵腔液を嚥下し,消化管を経て盲嚢内へ徐々に蓄積した。嚢内では特に多糖類やタンパク質などの濃縮が進んだ。囲卵腔液中には,主にD型ガラクトースから成る4%前後のガラクタン(分子量約149kD)が見出され,in vitroではβ-D-ガラクトシダーゼにより,D型ガラクトースまで完全に消化された。一方幼生体内では,D型ガラクトースに加え,種々の長さのオリゴ糖が連続的に検出された。また当該酵素の強い活性が,X-Galを基質とする酵素組織化学(whole mount in situ)法により,幼生の消化盲嚢内で確認された。以上,本種では消化盲嚢内でガラクタンをβ-ガラクトシダーゼにより分解するが,グリコーゲンや澱粉,一部のタンパク質には蓄積性が認められた。従って,稚魚用の餌料生物として栄養強化が可能と判断された。 次に,ヴェリジャー期に浸透圧処理して貝殻を消失させ,さらにウミウシ型へと変態誘導し,新食材やペットとしての利用を図る方法について検討した。200mOsmの高張ショック後,25%本種用リンゲル液,同液+50%ゼリー・エキス液に順次移すことにより,外套膜は縮小・反転するが,外皮が肥厚して内臓部が保護された無殻稚貝(ウミウシ型,一部はタコ型)が高率で孵化した。これらの孵化稚貝には咀嚼能力があり,好適飼料の探索を含め,これらの大量培養法を現在検討中である。なおゼリー・エキス中には,卵膜を透過できる分子量6.5kD以下のGrowth factor様ペプチドが存在し,それが露出した皮膚の細胞増殖を促すことが示唆された。また通常でも孵化後,粘液腺を含む皮膚組織が発達するまで数日間,稚貝は卵紐ゼリー層内に留まることが判明した。輸卵管附属腺から分泌されるゼリー物質中には,分子量1,500KDのムチン様タンパク質が見出され,皮膚の粘液腺由来のムチンとの類似性は未検討であるが、稚貝の体表の円滑化と保護効果を有するものと推察された。
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