研究概要 |
グルコキナーゼは膵島B細胞の血糖感知機構において中心的役割を果たすタンパクである。申請者らはこのタンパクがセロトニンニューロン及び脳室上衣細胞に存在することを明らかとし、これらの細胞が脳内における血糖センサーである可能性を示した(Endocrinology 141, 375-384)。セロトニンニューロンについては以前より生殖及び摂食との関連が示唆されており、また、セロトニンニューロンは髄液接触ニューロン(CSF-contacting neuron)としても知られており、脳脊髄液中のブドウ糖濃度をモニターしているとも考えられる。以上のことから、セロトニンニューロンが血糖を直接感知し、生殖と摂食の制御を司る中枢へ血糖利用性に関する情報を伝達する役割を果たしているとの仮説を立てた。本研究はセロトニンニューロン(中脳の2つの縫線核および延髄の2つの縫線核)が直接ブドウ糖濃度を感知し、それに伴ってセロトニンを放出するかどうかを検証すること、およびこのセロトニン作動性神経が、血糖利用性により制御される生殖や摂食の生理的変化を仲介するか否かを解明することを目的とした。 平成13年度では、2-deoxyglucose (2DG)の全身投与による薬理学的な低血糖により引き起こされる血糖値の上昇及びLH分泌の抑制という2つの反応が、中脳縫線核のセロトニンニューロンへの局所的なグルコースの投与により阻害されることが明らかとなった。さらに、室傍核へのセロトニンの再取り込み抑制剤の局所投与によって,2DGによるLH分泌の抑制が阻害された。 平成14年度では、この可能性をさらに追求するため、セロトニンニューロンが投射する視床下部室傍核において、縫線核へのグルコースの局所投与により、セロトニンの放出が増加するかどうかを微小透析法と高速液体クロマトグラフィーを用いて、確かめた。背側縫線核にグルコースを局所投与したところ、室傍核内でのセロトニンの放出量が増加した。 以上の結果から、視床下部室傍核に投射する中脳の縫線核が直接脳内のグルコース濃度を感知して、満腹に関するシグナルを室傍核に送っていることが示唆された。このことは、脳の血糖センシングの一部にセロトニンニューロンが関与しているという新しい考えを導き出したものであり、エネルギーレベルによる生殖機能の制御機構の解明に大きな役割を果たすものと考えられる。
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