本年度の科研費に基づいた研究は、何よりもハイナー・クレンメ教授(ドイツ・ハレ大学)の招待講演企画を中心になされた。早稲田大学における近代倫理研究会との協力によって、本企画はくり返しの研究会の積み重ねに基づく入念な準備の上で、3月25日から30日にかけて、合計4回のシンポジウムによって遂行された。 シンポジウムの中では、単にクレンメ教授に講演を依頼するだけではなく、私を含めた日本人研究者からのドイツ語での発表や、若手研究者による特定質問、あるいは他の外国人研究者との連携を計画することによって、活発な議論の場を設けた。シンポジウム自体はオープンなものとし、かつ様々な機関に情報を伝えることで、多くのオーディエンスに出席をしてもらうことが可能となった。 シンポジウムは一貫して、カント『道徳形而上学の基礎づけ』を主題としたものであり、倫理学の古典として知られている本書についての、ドイツでの最新の研究成果を日本で議論することが試みられた。すでに事前の研究会において、近年発表された『基礎づけ』についての様々な論文を検討することで現在の研究水準を確認し、その上でシンポジウムではそれらの議論の先には何があるのか、そして日本のカント研究・倫理学研究に何をもたらすのかが探求された。議論はとりわけ、クレンメ教授が現在研究の中心に据えている歴史的なアプローチについてなされ、これまでの日本の『基礎づけ』研究では看過されてきた、カントをとりまく時代背景の重要性について有益な示唆が得られた。本企画それ自体、あるいは本企画からの展開を近年中に発表することが計画される。
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