研究実績の概要 |
地球誕生直後にはほぼゼロであった大気酸素濃度は,原生代初期に急激に上昇したことが地質記録から示唆されている(大酸化イベント).大酸化イベントは,当時の地球表層に生息していた生命に多大な影響を与えたことが予想される.そこで本研究では,大酸化イベントのメカニズムや規模を明らかにし,酸素濃度変動の生命進化への寄与を評価することを目指した. 昨年度までの研究では,大気海洋生物化学循環モデルを用いた数値シミュレーションを行い,酸素濃度上昇の原因,変動の規模や時間スケールを定量的に明らかにした.その結果,全球凍結後の温暖気候下で生じるシアノバクテリアの大繁殖を引き金として,低濃度から高濃度への,大気酸素濃度の多重安定状態間遷移が起きうることが示された.計算結果と地球化学記録との比較からは,遷移に伴って,酸素濃度は一時的に現在と同じレベルにまで上昇し,その状態が1億年程度継続したらしいこともわかった(酸素濃度の『オーバーシュート』). 本年度は,このような大規模かつ長期的な酸素濃度の変動が,生命進化どのように寄与したかを推定した.酸素濃度変動に対する生命の応答を知る手がかりとして, シアノバクテリアの抗酸化酵素[SOD(Superoxide dismutase)]の進化に着目した.酸素濃度の変動は,SODの発現量に変化をあたえたはずである.タンパク質の発現量は一般に,プロモーター配列とよばれるDNA配列によって制御されている.本研究では,分子系統解析によって,過去のプロモーター配列(祖先型プロモーター 配列)を推定し,そのDNA配列から過去の酵素の発現量の変化を見積もった.その結果,SODの発現量は,シアノバクテリア誕生時には低かったものが,大酸化イベントと同時期に増加していたことが明らかになった.これは,大酸化イベントが直接的に生命の進化に影響を与えていたことを示す初めての研究例といえる.
|