樹状突起は神経信号の主要な入力のコンパートメントであるが、神経細胞の変性を誘導させるような悪性因子(たとえば興奮毒性信号など)もまた樹状突起から入力されると考えられる。しかし、樹状突起の脆弱性に着目した神経変性に関する研究はほとんど行われていない。そこで今回、細胞死という観点から離れ、細胞が死なずともシナプス機能が変性しうる場合について、幾多の視点から検討を加えた。樹状突起をDiIで可視化し共焦点顕微鏡下でその形態をタイムラプス観察することで、興奮毒性による樹状突起の変性を追跡した。その結果、細胞死を誘導しない低濃度の興奮性アミノ酸の作動薬によって樹状突起上に多数の膨潤が観察された。このとき、シナプス伝達も顕著に抑制された。この障害は可逆的であったが、神経細胞死を誘導しない軽度の刺激によっても「神経機能」は変性を受けることを示した点で重要である。アルツハイマー病の誘発因子と考えられるアミロイドβでも同様に、神経細胞死を誘導しない程度の濃度で、シナプス伝達を抑制させることが示された。この機構を詳細に探求した結果、アミロイドβはシナプスに直接ではなく、むしろ周辺のグリア細胞に作用して、グルタミン酸の取り込み能を異常亢進させることよって間接的に影響を与えていることがわかった。この効果はGLASTとよばれるグルタミン酸トランスポータの膜表面の移行によるものであることが判明した。樹状突起と神経変性の関係を探るべく、樹状突起に豊富に含有される微小管に着目し、微小管の脱重合剤(コルヒチン、ノコダゾール等)の細胞毒性を検討したところ、歯状回の顆粒細胞が選択的に脱落することがin vitroで観察された。この細胞死はアポトーシスによるものであった。またアクチンの脱重合によっても同様な効果が観察された。
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