記憶・学習の分子基盤のひとつの可能性として、我々は、シナプス前・後膜の接着を担う分子の動態に焦点をあてて研究をすすめている。昨年度までに、(1)シナプス活動性依存的動態を示す2種のカドヘリン型接着分子、N-cadherin・Arcadlinの興奮性シナプスにおける共局在;(2)両カドヘリンの分子間相互作用;そして(3)ArcadlinがN-cadherin同士のhomophillicな接着機能を抑制することを見出した。すなわち、刺激により一過性発現してくるArcadlinが、定常的にシナプスに存在するN-cadherinのもとにリクルートされ、N-cadherinの機能を抑制的に修飾することにより、シナプスの構造的リモデリングに何らかの関与をすることが想定される。本年度はまず、両カドヘリン分子が膜貫通部位を介して結合することを特定し、N-cadherinの膜貫通部位の中程の点突然変異L561Pにより分子間相互作用が弱くなることを確認した。また細胞膜表面に至ったArcadlinがhomophillicな相互作用を契機にendocytosisされる。そのとき細胞膜上のN-cadherinは、Arcadlinに結合し、共に内在化することが判明した。このようにしてArcadlinは、細胞膜表面のN-cadherinの量を制御することで、N-cadherinの接着機能を修飾することが示唆された。さらにシナプスのリモデリングのモデル実験として、培養海馬ニューロンにおけるシナプス形成過程に及ぼす両分子の影響を検討した。シナプス後膜を形作るスパインの前駆体と考えられているfilopodiaが、培養7日目から11日目にかけて樹状突起表面から発生してくる。この時期にArcadlinを過剰発現させると、filopodiaの発生数が減少した。Arcadlin・N-cadherinを共過剰発現させると、さらに強くfilopodiaの発生が抑えられた。ところがN-cadherin単独の過剰発現ではfilopodiaの発生数・形態とも目立った変化は来さなかった。これらのことより、Arcadlinによるfilopodia数の変化は、N-cadherinを介して両分子が協調して起こる事が示唆された。上記Arcadlin単独過剰発現での効果は、内因性のN-cadherinを介するものだと思われる。以上総合すると、神経活動により一時的に発現し、消失していくArcadlinは、シナプスの形質膜に至ると、そこに定常的に存在するN-cadherinに結合し、ともに内在化する。そのとき、この2つのカドヘリン分子は協調して、シナプス接着を担う形質膜と関連蛋白質群の動態を制御する可能性がある。このようにして2つのカドヘリンは、活動性依存的なシナプスの形成やリモデリングの過程に寄与すると考えられた。今回観察されたシナプスの数の変化は、そのひとつの帰結であろうと思われる。
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