ヒトパピローマウイルス(HPV)は皮膚や粘膜の微小な傷から侵入し、表皮基底層の細胞に持続感染する。宿主細胞が分裂するとウイルスゲノムの小規模な複製のみが起こり、宿主細胞が最終分化を始めるとウイルスは増殖する。すなわち、HPVの持続感染機構は表皮形成の機構と密接に結びついている。 最近、POUドメイン転写因子、hSkn-1aが基底層細胞の分化を促すことが明らかになり、hSkn-1aの発現から最終分化に至る過程で発現が変動する遺伝子群が、HPVの生活環の制御と密接に関わっていることが示唆された。研究の進展には、hSkn-1aの下流にある遺伝子群を知ることが不可欠と考え、hSkn-1aの発現によって発現量が変動する遺伝子群を探索した。コネクシンをコードするCX43、rasファミリー蛋白質をコードするARHH遺伝子と機能未知のRALGDS遺伝子の発現が著しく昂進し、やはり機能未知のMx2遺伝子の発現が抑制されることがわかった 一方、hSkn-1aがHPV後期プロモーターを活性化するが、HeLa細胞では転写されたmRNAからキャプシド蛋白質(L1及びL2)が合成されないことがわかった。昆虫細胞や大腸菌では、これらのmRNAから大量の蛋白質が作られるので、ヒト培養細胞中に発現を抑制する因子が存在することになる。アミノ酸の配列は変えずに塩基配列のみを変えたL1遺伝子の変異体を作ったところ、HeLa細胞でL1蛋白質の高発現がみられた。この変異体と野生型L1遺伝子のキメラ遺伝子からの発現を調べて、L1-mRNAの5'端200塩基内にこの抑制に必要なcis因子が存在することがわかった。キャプシド蛋白質はウイルス増殖時に多量に必要なので、分化に伴って抑制因子が消失するか、抑制を解除できる因子が作られると考えられる。この抑制機構は、本来、表皮形成の過程で細胞mRNAからの翻訳を制御していると推定される。
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