研究概要 |
組織化された結晶空間には,均一系とは異なる特異な反応場が提供され,各々の分子は特徴ある反応挙動を示す。我々の研究グループでは結晶の特性を利用した次のテーマについて研究した。(1)組織化された結晶中での光反応による分子や結晶構造の動的現象の解明。(2)結晶により提供される特異な不斉環境の場を利用し,固相光反応による絶対不斉合成の開拓。(3)結晶化により記録された不斉な分子環境の異相間での絶対不斉合成への展開。 結晶化の過程は分子の選択性に,結晶相反応は反応の選択性に優れている。この特性を巧みに活用し,自然晶出法によるキラリティーの自然発生や不斉結晶の固相光反応による絶対不斉合成を報告してきた。しかし,反応の選択性に優れていることは,逆に,限られた反応でしか利用できないことを意味している。反応の場を均一系やアモルファスへ展開する事によりこの問題を解決できる。すなわち,基質の結晶化によりキラリティーなどの分子情報を記録し,この情報を溶液系での多様性に活用することが可能になる。 鎖状イミドはsp^2平面構造の窒素原子を有し,非対称なイミドの窒素原子上に非対称な置換基を導入すると置換基の回転がラセミ化に相当する。芳香環状の置換基が小さい場合は,C-N結合の自由回転によりアキラルである。ところが,この置換基を嵩高くしていくとある程度の寿命を持つようになる。もし,この分子が自然晶出により不斉結晶を形成すると,この結晶は溶解した後でも分子不斉を保つことができる。例えば窒素原子上にTetrahydronaphthy1基を有するプロキラルな非対称イミドの不斉結晶を低温のTHFに溶解し,CDスペクトルを測定すると,ラセミ化の半減期は7.7分(-20℃),31.7分(-30℃),147分(-40℃)であり,結晶化により記録された不斉分子情報を低温では長時間記憶していることを見出した。これらの不斉結晶を用いた固相光反応では,単一の立体配置の光学活性体(>99% ee)のオキセタンが得られた。さらに,低温溶液中での光反応でも90%eeの生成物が生成した。この溶液を-80℃で4日放置した後の光照射でも78%eeのオキセタンと、固相光反応ではほとんど得られないジアステレオマーも76%eeで得られた。 このイミドはη-BuLi,MeLi,LAHなどの求核試薬との反応でも高い選択性で光学活性体が83%eeの付加生成物が得られた。η-BuLiとの反応ではTHF中,-80℃での反応で83%eeの付加体が得られ,MeLiでは塩化メチレン中-80℃での反応で79%eeの生成物を合成することに成功した。 また,アキラルな2-ベンゾイルベンズアミドの中で,N,N-Diethy1およびN-Benzyl-N-ethyl誘導体が不斉結晶を形成し,さらに,低温で不斉環境を保持していることを見いだした(式3)。η-BuLiとの反応では70-82%eeの光学純度でBu付加体が得ることに成功した。以上のように,アキラルな基質の不斉結晶化を見出し,さらに今まで報告例のない均一系反応や有機金属試薬との反応に展開でき,新たな絶対不斉合成の領域を開拓した。
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