研究概要 |
本研究はアッティカ弁論の泰斗デモステネスの弁論について,主要作品の多角的な分析により,語り手と聴衆の間に成立する説得のメカニズムを素材そのものに即して解明し,加えて後世におけるその受容と評価の意義を探り,デモステネス弁論の現代における有効性を提唱しようとして企画された。 代表者,北嶋はデモステネスの最新版テクストも含めて最古の有力写本を校合する基本作業を統括し,同時にアリストテレスが体系化した弁論術固有の論理(「蓋然性に基づく説得推論(エンテューメーマ)」)がデモステネスの実地の弁論でその有効性を発揮する実態を捉え,その一部を,公刊のデモステネスの法廷弁論の翻訳の作品解説に反映させた.また分担者,吉武はギリシア悲劇における説得の構造に着目し,その研究成果を国際シンポジウムで発表する一方,デモステネスの第60弁論が,論理的にも構造的にもギリシアの葬送弁論中,画期的なものであることを実証した.北野は弁論において説得を生み出す重要な要素の一つであるディエーゲーシスという言葉の初期の用法と、他の二つの重要な要素である「真実らしさ」と「性格」との関係を再検討した.木曽はローマ以降の伝承過程でデモステネスがアッティカ弁論の第一人者とされた経緯と意義を考察した.また研究協力者,杉山はヘルモゲネスの法廷弁論の『争点(スタシス)論』を分析し,その分類がマニュアルとしての実用性を重視した,動的な構造をもつことを論証した.さらに北野・杉山は,パリ写本(SおよびY)との上記校合の基本作業の一部を当研究報告書冊子体に収録した. 以上はいずれも本共同研究によって新たに得られ,メンバー全員によって共有されるに至った知見であるが,これらの成果は今後の各自の研究、継続の確実な基盤となると同時に,弁論修辞術という,わが国においてはごく最近まで未開拓に等しかった領域の研究確立・推進のための礎となるものであると確信しうる.
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