研究概要 |
本研究では,西洋哲学史においてあらわれた決疑論(casuistry)という,倫理学の手法をその歴史的経緯をふまえて理解すること,及び,現代の諸問題への応用の可能性の解明をめざしてきた.決疑論は西洋哲学史において長い歴史を持ち,ごく通俗的には,何か問題が発生したときの用心に解決の型を用意しておくことであると理解されている.近年,応用倫理学において,決疑論の重要性と有効性が指摘され始めているが,本研究は,決疑論は本来,単なる問題解決法ではなくて,「徳論」との関わりから展開されてきたものであることを重視して進められた. 歴史的研究としては,13世紀の哲学者であり神学者であるトマス・アクィナス(Thomas Aquinas:1225-1274)の倫理思想における決疑論的思考を析出することを試み,その際,「原理ないし規則を適用(applicatio)する」働きとして規定される「良心」(conscientia)に着目した.決疑論的思考は,しばしば「良心のケース」(casus conscientiae)として展開されてきたからである.そして,アクィナスの思想を起点として,アリストテレス(384-322B.C.)からB.パスカルへ(1623-1662),さらに現代に至るまでの決疑論的手法の流れを概観した. 現代的諸問題への応用に関しては,決疑論という難関な言葉の使用をできる限り避けて,casuistryの原義,すなわち,「casus(事例)を扱う術」ということに立ち帰って,事例(case)を用いて行われる現代の倫理教育のあり方-特に,技術者倫理教育-について,人柄の形成ということを意識しつつ論じてきた.その際にも,良心が落ち入るジレンマ,ないし相反問題の解決に着目した.
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