研究概要 |
本研究では,これまで解明が進んでいない創造性の認知過程を科学的に明らかにするため,一般に対立する概念として考えられてきた「模倣」と「創造」の関係に着目した.芸術領域での描画活動において模倣が創造を抑制するのか,それとは逆に促進するのかを明らかにすることを目的とし,大学生30名を対象として,一人あたり3日間に渡って5枚の絵を描くという心理実験を遂行した.この実験から得られた本研究課題の成果は以下の3点に要約される. まず,複数の芸術家が絵の創造性を評価したところ,模倣を行った者が描いた絵は,行わなかった者のそれに比べて高い創造性得点を獲得した.さらに,この模倣の効果は,参加者が模倣した絵の描き方を自らの絵に直接当てはめたためではなく,模倣を経て新しい描き方を生み出したために生じたものであることが確認された. 次にプロセスの分析を実施した.その結果,他者の絵を模倣することで,自らが持っている絵の描き方についての「信念」が変化して描き方のレパートリーが広がるというプロセスが明らかになった.すなわち,素人の大学生はもともと「絵とは見たとおりに描くものだ」という信念を持っており,それにとらわれてしまうために創造的な描画が困難であった.しかし,馴染みの少ないスタイルの絵(抽象画)を模倣して描くことで,そうした信念による制約が緩和され,自由にアイデアを生み出すことができるようになったと考えられた.さらに,模倣を行うことで自分が表現したい内容やその方法が明確になり,自らが次にオリジナルの絵を描く際にアイデアが生み出されやすくなるというプロセスが示唆された.
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