研究概要 |
本研究の概要は以下の通りである。 1.理論的考察:幼児期における「心の理論」と時間的に拡がりをもつ自己の発達的関連について,時間的視点という観点から概観し,「いま・ここ」にない"不在のもの"に対する態度を測定する方法として遅延自己映像認知課題を提案した。また,過去と現在の時間的関係を理解し,時間的視点から自他理解を深める上で,過去をめぐる対話が重要な役割を果たしていることを,聴覚障害児の「心の理論」に関する研究から示した。 2.実験1:3〜5歳の聴覚障害幼児と母親を対象に,絵日記を手がかりにして,過去の出来事を共同想起してもらった。その結果,(1)絵日記を用いることで,過去をめぐる対話がより持続すること,(2)子どもから母親を注視する頻度と,母親が過去の出来事に言及する頻度に相関があることが明らかになった。 3.実験2:11組の健聴児(2,3歳)とその母親,5組の聴覚障害児(2,3歳)と母親が,写真を見ながら,過去の出来事について対話をするプロセスを分析した。その結果,次のようなことが明らかになった。(1)聴覚障害児が過去の出来事や心的状態に言及する頻度には個人差が大きく,子どもの言語スキルと母親の発話スタイルからの影響が大きい.(2)母親が聴覚障害者であるペアにおいては,手話を有効に用いて,過去や心的状態に関する話題が多かった.(3)母親の発話スタイルは子どもの言語発達に応じて,「新情報聴取型」,「情報共有(提供)型」,「相互構成型」に分類できた。 4.結論:「いま・ここ」にない"不在のもの"である過去の出来事に関する対話には,2,3歳児が他者との視点の相違に気づく契機が多数含まれており,相互の心の理解を進めていく上で重要である。音声言語ならびに手話はそうした対話を成立させるものであり,心の理解や自己発達において不可欠な役割を果たしていると考えられる。
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