研究概要 |
近現代朝鮮・韓国の地方社会における在地エリートの形成と再生産について,本研究を通じ,以下の点が明らかとなった。 (1)17世紀初頭から18世紀初頭にかけて南原邑内に定着したと考えられる吏族諸家系のあいだで,19世紀末の身分制度の撤廃を契機として,諸結社の財政・活動の再整備や儀礼活動の整備を通じた身分集団の再編成が進められ,儒林勢力とは異なる身分伝統が形成された。 (2)1920年代以降,南原邑内の開発には,日本内地からの移住者と当時の朝鮮人の双方が関与するようになったが,後者のうち,吏族家系出身者には,経歴においても,政治的性向においても,かなりの多様性が見られた。 (3)モダンな都市的景観を備えつつあった1930年代初頭の南原邑内において,広寒楼の復旧と春香祠堂・春香祭の創始は,諸身分伝統の異種混淆的な併存を基盤としたローカルな文化伝統の成立であるとともに、「伝統」と「モダン」が混在する近代性のひとつの結実でもあったと捉えられる。 (4)解放後から1980年代初頭までのローカルな文化伝統の再生産と地域開発においては,都市の富裕・中産層に属する有力者が調整者・ブローカー的役割を果たしていた。そのうち,朝鮮後期以来の在地勢力を出身基盤とする地方有志は,身分伝統の再生産や父系親族組織においても,個人によって程度の差はあるが,相応の関与を見せていた。 (5)1960年代に始まる国家主導の開発と官製ナショナリズムの浸透は,地域開発の実践やローカルな文化伝統の再生産にも大きな変化をもたらし,国民文化の範疇からはずれた身分伝統の疎外をも招いている。
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