研究概要 |
研究をはじめて35年以上を経過したが,その間ずっと,古事記を中心とした古代文学を「語り」という視点から考えてきた。その課題を達成するために,民間伝承の研究に着手してからも,ずいぶん長い時間が経っている。そして,今回の3年間の科学研究費は,そうした私の研究のひとつの集大成を目指したものであるということができる。平成14年には,『口語訳古事記』(文藝春秋)という書物を出版し多くの読者を得ることができたが,古代文学研究という点にかぎれば,現在の研究状況は,「語り」とか「伝承」とかいったオーラル名世界を対照にする研究者はほとんどみられず,「文字」「書く」といった面からの研究が圧倒的に優位な状況に置かれている。たとえば20年前なら,その状況はまったく違っていた。ということは,私の研究は,ある意味で時代遅れと言われかねない。しかし、そうした状況は,どこか間違っているのではないか,「語り」や「伝承」という問題を正面から見据えることが,ひいては,「書く」という行為をも古代的に見出すことができるに違いないのである。 本報告書では,研究課題にそうかたちで,古代文学と民間伝承について考察した。論考1「『古事記』と『遠里物語』」では,その編纂課程に共通した道筋の見出せる国家の神話(歴史)と村落の神話との関係を考えた。論考2「一人称科語りの系譜」では,アイヌの一人称を足掛かりにしながら,古代を含めた語りにみられる「一人称」について考察した。論考3「巌谷小波と古事記」では,明治の児童文学者である小波が,古事記の神話をどのように利用し,それが国定教科書などの学校教育にどのような影響を与えたかという問題を考えている。 以上のような研究を踏まえながら,今後も「語り」について,広い視野を持ち続けたいと考えている。なお、報告書の後半には,古代文学を中心として,伝承文学関係の論考も含めた文献目録を載せた。1900年〜1998年にかぎられるが,機会があれば継続し,研究者や学生が利用できるような,webでの活用などを工夫したいと思っている。
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